「ケヴィン・ウォーケン・黒澤中尉。貴様は自分のしでかした事の重大さがわかっているかね?」

 髭を生やしたクソジジイがふんぞり返って俺を見る。

 その目を俺は知ってる。

 あの日俺が撃った糞ヤクザと同じ目。

 同じはずの人間を見下した、そんな目だ。

「上官侮辱罪、上官への暴行、戦地での命令無視。挙句の果てには敵前逃亡。まったく、貴様に誇りはないのかね?」

 所詮猿の血が混ざっているのか。とクソジジイが言ったのを俺は聞き逃さない。

 ふん。日本人とアメリカ人のどこに違いがあるってんだ。

 髪の色と肌の色に目の色、それに精々コックのでかさが違うだけじゃねぇか。

 殴りかかりたい衝動を抑え、俺は直立不動の状態で言う。

「わかっていますデフィ小佐」

 腹立たしい事この上ない。

 そもそもなんでこんな奴が人の上に立っているのかが不明だ。

 クソジジイの隣で所在なさげに佇む女性兵の顔を見る。

 涙ぐんで少し頬が赤らんでいるのを見ると、より俺の中に怒りがふつふつ湧き上がる。

「まぁ、ここまでの事をしてしまったわけだからねぇ。最悪銃殺刑やむなしって所じゃないかね?」 

 クソジジイはぶふっと笑って女性兵に手を伸ばした。

 その手がついたか否かの時、俺は耐え切れなくなって思い切り机を蹴り飛ばしていた。

 脂ぎった豚腹に机がめり込んで変な悲鳴をあげる。

「このFxxk野郎が! サカってんじゃねぇ!」

 二度、机を蹴りつけてから足をかけて睨みつける。

 どうあがいても俺は元チンピラで、どうせ殺されるんなら最後くらい格好つけたいというのがタテマエ。

 本音はどうしようもなく頭にきたからやったってだけで。 

 まぁ、あわよくばあの人が処刑された俺を思って泣いてくれないかなーとか。

 とにもかくにも俺は本能でその時動いていたようだ。

 クソジジイが大騒ぎを始めると、女性兵は慌てて部屋を飛び出していった。

 元気でナ。とか言おうと思った俺だが、その直後その考えを撤回する事になる。

 女性兵に連れられてSP連中がどっと部屋に入ってきた。

 その数六名。皆屈強なゴリ男共だった。

  振り返ったところで顔面をぶん殴られて、腕を決められて、無様に地べたに這い蹲わされる。

 畜生め。無遠慮に顔面を殴ってるんじゃねぇよ。どろどろと鼻血が溢れ出て口の中に鉄錆の味が広がった。

「は、早くその気違いを営巣に叩き込めッ!」

 無茶苦茶な引っ張られ方をして軍服が破れた音がした。

「痛ぇな。もう少し丁寧に、っ痛! 喧嘩うってんのかこのゴリ男! ……あ、嘘です。ゴメンって!」



 **********************



 寒い部屋の空間に服をひん剥かれてパンツ一丁にされた俺は舞う。

 受身を取ろうとしたが、空中で身体を一回転させるなんて芸当はできるわけもなく、俺は冷たいコンクリの床に無様に叩きつけられる事になった。

 うげ、最悪。鼻先には薄汚れた便器がある。

 弾かれたように俺は立ち上がると、とりあえず行きあてのなくなった怒りを便器にぶつける。

 がすん、という音と同時に、無性に足の親指が痛くなった。 

 そういや、靴はいてねぇじゃん。俺。 

「馬鹿か俺は……だーったく。痛ぇー……」

 臭い上に汚いベッドに腰かけ、急いで毛布を身体に纏う。

 季節は秋。っていってももうじき雪が降るんじゃないかというような気温だ。

 さすがの俺でも寒いのは苦手だからな。暑いのも無論苦手だが。

 一応、筋トレ位はしといたほうがいいか? いや、筋トレも無駄か。多分死ぬし。

 あー……なんつーか。

 俺の人生くだらないモンだったんだな。

 惚れた女をモノにする事もなければ、あいつを見返せたわけでもなく。

 ……所詮“英雄”になんてなれる器じゃねぇし。

 あー、情けねぇ。

 結局俺、ケヴィン・ウォーケン・黒澤は権力だの、暴力だのに勝つことはできませんでした!

 残念無念。



 で、いいわきゃねぇやな。

 こんな所であのクソジジイに殺されてやる訳にはいかない。

 俺は満遍なく独房を見回して、生命の危機を訴えかける頭をフル回転させる。

 まず……寒い。……いや、それは確かに重要だが、それより他になんかあるだろ。

 毛布を身体に纏ったまま忌々しい鉄格子を軽く弄る。揺すろうが叩こうが無論びくともしない。

 窓の方も駄目だ。――こうして残されたのは…… 

「……コレから出るのは……無理そうだな」 

 便器を見るが、水洗式で脱出できそうもない。 

 八方塞とはまさにコレだ。昔の日本人は中々にセンスがいい。

 しかも普段軍服に仕込んであるツールも没収されたしなぁ。せめてヤスリがあればこんな牢破ってやるのに。

 二年か三年かけて。

 ――そんころにゃ俺は銃殺されてるっつーの。

 あー、参った。

 このままここでなんか閃くのを待つか? それとも看守をなんとか口説き落として鍵持ってこさせるのはどうだ? いや、落ち着け。俺がやれる物と言えば秘 蔵の酒とタバコと後ろぐらいのモンだ。

 さすがに後ろはやれねぇ。

 まぁ、とりあえず。やれるだけの事はすんべ。

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 出ーーーーーせーーーーーーーーー!!」

 思い切り叫びながら鉄格子を揺する!

 反応なし。

「あ、開け、あけ、アカケケケケケケケケェーーーーーーーーーー!!」

 狂ったように頭を振り、涎を撒き散らしながら暴れる!

 やはり反応なし。

「あ、開けてーーーー! 父上ーーーーーーー! 助けてーーーーーーーー!!」

 泣きながら父を呼ぶ! まるで幼子のようにッ!

 うん。看守は余程冷酷らしい。

「ちくしょうがッ! とっとと来ねぇと××撒き散らすぞッ!!」

 紳士的な俺としてはこんなオゲフィンな言葉は使いたくなかったがしかたあるまい。

 パンツを半分ずり下ろして叫ぶ!

 反応なし。しかも少し腹が冷えてこう、キリキリと……

 そこで、俺の頭に電撃が走った。そう。喩えるならそれは天才の閃き!

 俺ってやっぱ、アレじゃない? そう。天才!

「う、うわぁぁぁ。お、おなかがきゅうにー」

 見て、この素晴らしい演技。まるで子供が軍学校に入れられたくないから母親に仮病を使うかのようなこの演技。

 やべ、あまりの出来の良さに、涙が出そうだ。

 しかし、看守は冷酷非道だが、こういったショボ……もとい、素晴らしい演技に弱いらしい。

 ようやく、扉が開けられた音がした。油断を誘うために俺は後ろを向く。

「う、うわぁぁぁ。ぽんぽんがいたいー」

 ごろごろとコンクリの床を転げまっていると、看守がすぐそこまでやってきている事に気がついた。

 きっとゴリ男に違いない。

 とりあえず、縋り付くフリをして思い切り大事なミートボールを叩き潰してやるから覚悟しやがれ。

「た、たぁすけてくれぇぇぇぇぇ」

 ごろごろと転がって鉄格子に接近しつつ耳を澄ませる。

 下手に目を開けるわけにはいかないと考えた俺は、呼吸音から恐らく看守は二人連れらしい事を確信した。

 とりあえず、近いほうを捕まえて人質にする。んで、鍵をぶんどって脱走だ。

 ――すごい、なんていうか失敗色濃厚だな。

 ま、待ってりゃどの道死ぬんだ。やれる事はやらにゃ。

「……生きてるか?」

 少し離れている方の声だ。無茶苦茶低い、多分ゴリラ系だろう。むしろこれで美青年だったら詐欺だ。

 近い方の看守は一言も喋らない。まぁいいさ。

 すぐに悲鳴をあげさせてやるぜ。

 呼吸を整える。よっしゃ。次にゴリラがなんか言ったら行

「……おい。死んだか?」

 OK。もう少し俺に時間をくれ。

 さすがに今のは早すぎる。

 呼吸を整えたら、自分のタイミングで行くぜ。

「い、いきてましゅぅぅぅ。そ、それよりポクのポ、ポンポンがぁぁぁ」

 頭の中でカウントを数え始める。

「ケヴィン・ウォーケン・黒澤中尉だな?」

 ゴリラに名前を聞かれた。これは、本格的にヤバイ。

 大体名前を呼ばれる時って言うのは釈放か、執行かどっちかだ。

 しかも、俺の罪状からしてまず釈放はあり得ない。

 あのクソジジイ、弛んでやがる癖にフットワーク軽いんじゃねぇか?

「そ、そうでしゅぅぅぅ、ポ、ポクもう死んじゃいましゅぅぅぅぅ」

 チャンスはこれっきり。

 逃せば蜂の巣、上手く行っても手配犯か。俺は生涯日陰人生しか歩けないらしいな。

 さぁ、Go for broke.
 
 けーッ。ちっと言ってみたかったんだよな。と心の中で呟いた俺は、手を跳ね上げ、目を開いた。

 俺の目に飛び込んできたのは俺の腕、と、ストッキングに包まれたすらりとした足に、思わずグッと来るスカート。

 一瞬意識がソッチに持っていかれた直後、俺の腕はでかくてゴツい軍靴に踏みつけられていた。

 激痛。

 グリ、と踏みにじられて思わず悲鳴をあげそうになった。

「お怪我は?」

 大男が感情のあまり篭もっていない声で魅惑の下半身の持ち主に尋ねる。

「少佐。怪我も何も触れられてすらいないわ」

 その声には、聞き覚えがあった。

 あの日、逃げた先で会った、あの女の声。

「久し振りね。お腹の痛みも引いたんじゃない?」

 視線を上げた俺の目に映ったのは不敵に笑う女。

「……まさか、また会うことになるとは思わなかったぜ。エロい身体の姉ちゃん」

「何か、もう少しマシな覚え方はないワケ?」

 いや、それ以上になにかアンタを現す言葉があるか?

「少佐。悪いけど足をどけてやって」

 大男が足をどける。そこで、俺はそいつの顔を始めてみた。

 顔の右半分に大きな火傷の跡。

 階級こそ俺が聞いてたのとは違うが、間違いない。

 身体を起こしながら俺はニヤリと笑う。

「驚いたね。スカーフェイスをたらし込んでいたのか」

 踏まれた礼に、思いっきり皮肉をふっかけてやった。

 スカーフェイスは何も言わない。

「あら、皮肉なんて言わないほうがいいんじゃないかしら? もしかするとあんたの上官になるかもしれないんだから」

 この姉ちゃんは、今、何て言った?

「あんたには珍しく選択権があるわ。一、このまま銃殺でサヨウナラ。二、男色家の少将の元で可愛く生きる。三、名前を変えて、ビクビクしながら生きる。 ――そして四が少佐の部隊で生きる。あ、ここには盗聴器の類も無いし、看守も遠ざけてあるから安心して選びなさい」
 
「……一、二はまず間違いなく却下だ。質問なんだが名前を変えてっつーけどよ。書類だのデータだの何とかしなけりゃならんだろ?」

 ソレを聞いた姉ちゃんは呆れたような顔で俺を見る。

「この私が提案してるのよ? 書類から何まで全部何とかしてあげるわ」

 そんないい条件なのかよ。

 ――あの人との接点が無くなるのは正直辛いが、背に腹は変えられねぇ。

 スカーフェイスの隊に入るくらいなら一般人として生きる方がマシだ。

「ただし、名前は“ビッチールーザー・魔毛犬・ヒポポタマズ三世”っていう名前になるけどね」

 ぐあ、この姉ちゃん最高にネーミングセンスが光るね。嬉しくて涙が出ちまうよ。

「ついでに言えば、追っ手がかかるかも知れないし、一切の生活保障もないわ。正直オススメしないけど?」

 初めから、選択肢なんてねぇじゃねぇの。

「その代わり、大尉の隊に入れば五体満足、刑も無くなってかつ昇進まで約束してあげる。どぉ? 破格の待遇だと思わない?」

 ――結局、俺は四の提案を受け入れる事になった。



 **********************



 営巣を出されて二日後、俺はスカーフェイスに待機所に

 少し新しい軍服。隊章は真新しい蛇の隊章に変わり、階級も少し豪華な物に変わっていた。

 まぁ、軍服が新しくなっただの、階級が上がっただので喜べる程俺はハッピーなお頭をしていない。

 俺の正面には、スカーフェイスと、見た事のない連中が並んでいる。

「……本日付で彼が我が隊に配属される大尉だ。各々実戦での連携ミスが無いよう相互理解を深めてくれ」

 それだけ言うとスカーフェイスはさっさと部屋を出て行ってしまった。 

「いやいや。長ゼリフありがとうございます隊長様」

 ドアに向かって皮肉を漏らす。

「へぇ。大尉は隊長の事、わかってますね」

 金髪の結構綺麗な姉ちゃんがそう、俺に言ってきた。

 皮肉かこのアマ。とか言おうと思ったが優しげに微笑む姉ちゃんを見るとどうやら皮肉ではないようだ。

「エリー・ミシェル中尉です。これから共に戦える事を誇りに思います」

 そんな戦績残してる訳じゃないんだが。

「まーまー! 大尉! 堅く考えなさんな!」

 肌の黒い、おそらく南米系の男がいきなり俺の肩に手を回す。

「エディ・ゲレーリオだ。さっきのエリーと同じで中尉なんだが、ウチは階級とかあんま気にしねぇからヨ! 気楽に行こうぜ!」

 いや、そういうのは多分俺の台詞なんじゃないのか?

「ははは、エディ。大尉は着任したばかりなんだ。いきなり困らせてはいけないよ」

 金髪マッチョがそう言ってにこやかに笑う。

「ところで大尉は上腕三等筋と僧房筋のどちらがお好みで? あ、俺は大腿筋のこのラインが一番……」

「まーた始まったよ。アイツは筋肉バカなだけでゲイじゃねぇから安心してくれ」

 ……苦笑いしているエリー中尉の顔が視界に入った。

 あんたも、苦労してるんだな。

「――オイ」

 ん……? 女の子なんていたのか。

 青いリボンで揉み上げ毛? を纏めた褐色の肌の子が俺のほうをじっと見ている。

 結構かわい……じゃない。 

 オイって、なんだっゲッ!?

「う、うおお! いかん! メスゴリラがキレぶぅッ!!」

 突然飛んできた右拳に襲われる。更には俺の首に手を回していたエディもぶん殴られた。

 もんどりうって倒れたエディに馬乗りになって、高速で顔面にパンチを叩き込む!

「だーれーがーメースーゴーリーラーだぁぁぁぁぁ!」

 俺に話しかけていた時の笑顔のまま、エディはボコボコにされていた。

「あ、えーと。彼女はサカジャヴィア・バディオ中尉です。隊長……ゴヤスレイ少佐の娘さんで」

 少しだけ、力が有り余っています。とエリーは続けた。

 っていうか、あれで少しなのか。むしろそろそろエディが死ぬんじゃないのか?

 エディが動かなくなったためか、ようやくサカジャヴィア中尉が動きを止めた。

 そしてゆっくりと、こっちを向く。

「……パパに認められたからって、アタシは認めないからな!」

 なんの事だ? と言おうと思ったときには、俺のボディに、強烈な一撃が叩き込まれていた。

「覚えてろっ! このバーカ! バーーーカ!!」

 最高の拳と捨て台詞を吐いて、サカジャヴィア中尉は部屋を飛び出していった。

 後のエリー中尉らの弁明は彼女なりの照れ隠しだ。との事だったが、誰が信じるものか。

 


 **********************




「かくして、俺はこの部隊の一員となり、後に英雄としてその名を轟かせたのであった……と」

 うむ。中々に良い出来ではないか。

 いずれ英雄となる俺の自叙伝だ。平和になればきっと凄い値で売れる。はずだ。

 ソレをしまったところでバターンとドアが開け放たれる。

「うおおーーーす! ケヴィン! 今日も飲むぜー!」

 出来上がったエディと、ポージングしながら入ってきたアーノルド。

「おーーー! もっと、さけーーーー!」

 いかん。ヴィーがぐてんぐてんになっている!

 エリー! こんな時のためのエリーは……

「にゃはははははは! らにへんら顔ひてるんだー!」

 誰だ! エリーにまで飲ませた奴は!

 コイツが酔うと色々大変な事は知ってるだろう!

 がっしとエリーに頭を持たれ、酒瓶を口に突っ込まれる。

 これは……この味は、合成泡盛――

 意識が、一瞬で奪われた。

 

 ********************** ゴヤスレイ・バディオの手記 **********************



 苦情が来た。

 部下が遅くまで騒いでいるらしい。

 とりあえず黙らせねばなるまい。

 大佐にこんな調子で大丈夫なのかと、問われたが、俺に不安は無い。

 そもそも俺のような凡夫では、香月副指令の考えというのが良くわからない。 

 しかし、彼女のお陰で自分が生きているという事もまた事実だ。

 きっと、この隊の面々にも、何か特別な意味があるのだろう。そう考えているからこそ、俺に不安はないのだ。

 それに、何より俺はただ部下を守り、道を示してやる事ができれば満足だ。

 あれらは、俺の部下であると同時に、息子や娘と同じなのだから。



 俺は手帳を内ポケットにしまい、ペンを置く。

 イスから立ち上がり、ハンガーにかけておいた軍服をはおった。

「……馬鹿共をしかりつけてやらねば、な」

 誰に言うでもなく、俺は呟くと、部屋を出た。





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