感覚を研ぎ澄まし、一体一体を確実に仕留める。

 と、言っても攻撃速度は決して緩めたりはしないんだがな。とにかく個対多の戦いでは速度が命。

 とにかく出来うる限り素早く敵を攻撃。多少余力を残しつつ相手に攻撃されるよりも早く戦線を離脱して補給し、また攻撃……

 あくまでも、俺個人の意見といっていいのかもしれんが、とにかく相手から攻撃を受けないことが重要だ。

 まあ、乱戦になるとどうしようもない訳だが……そこはそれ。腕と度胸と勘でカバー。

 ――と、ンな事を考えているうちに弾の方が少々心細くなってきた。

 そろそろ、頃合か?

「マンバ2よりマンバ4! 弾が少々心細い! バックアップ頼む!」

『マンバ4了解! とっとと補給してこい! マンバ3! カバー頼んだ!』

『マンバ3了解。マンバ2、なるべく早く戻ってきてよね?』

 相変らず無茶苦茶な事を言うエディとやはり相変らず真面目なエリー。

 まったくもう。アチシ緊張しちゃうじゃないのさ!

「オーライオーライ。なるべく早く戻るから、浮気しないで待ってろよハニー!」

 F-15を後方へと飛ばせ、キャリアーへと急ぐ。

 途中目に入るのは使い切られ、捨てられた突撃銃のマガジンとBETAの死骸の山。

 ――ここの、コレだけの戦果を見れば――

 人類はまだ、負けないと言えるのかもしれねぇな。

 しかし……こっちは結構死ぬ気でやってるっつーのに、連中にしてみれば斥候だの、偵察だのっつーレベルなのがしょっぱいが。

 ようやくキャリアに到着する。と、俺はコクピットのハッチを開けた。

「暑っちぃー!」

 程よく冷たい風が心地いい。

「大尉、お疲れさんです!」

 整備班の一人――おやっさんがリフトを使ってハッチに上ってきた。

 その片手にはドリンク。

「お、サンキューおやっさん。――ふへ、喉がカラカラだァ……」

 そのままぢゅるるるとドリンクを吸う。

 ……うげ、栄養ドリンクですか。

「3分で補給を済ませます。それまで少し休んでください」

「ウィス。――あ、そうだ。左腕、結構いいのもらっちまったんだ。見てくれるか?」

 おやっさんは返事をする前に整備班の面々に激を飛ばす。

「レフトマニュチェック! 急げよ!!」

 ――この3分は、長いように思えるかもしれないんだが……まぁ。実際短い訳で。

 興奮しているのが大きいのかもしれんが……まぁ、それはさて置き。

「あー、マンバ2よりHQ。第六航空団と教導隊の状況が知りたい。どーぞー」

 返答は程なくして返って来た。

『HQよりマンバ2。現在帝国空軍小松基地所属第六航空団が西側より敵本隊への奇襲に成功。損傷率は10%未満となっています。また、富士戦術教導隊は現 在小千谷近郊を進行中。マンバ隊、ヴァルキリー小隊のバックアップとして合流する予定です』


 ――あー、そういや到着した時に居なかったっけかな。っつー事は……なんかあったのかね?

「大尉! 補給完了しました! 左マニュピレーターのほうも異常ナシです!」

 おいおい。なんか早くないかね? 色々考え事があったのにッ!

 僕ちゃんショック!

「仕事の速い整備士ってダイスキさ! おっしゃッ、マンバ2出るぞ! 道開けろィ!」

 誘導員が周りの安全を確認して手旗を――ばっと振り下ろす。

 それを見て、何歩か前進し――匍匐飛行を開始した。

「あー、マンバ2よりマンバ3。補給を完了した。これより戦線に復帰する」

『マンバ3了解。戻って来次第マンバ4を補給に行かせるわね』

 エリーの声が落ち着いてるところを見ると、どうやら戦況は上々らしい。

 できるならこのまま楽をしたい……んだが、はてさてどうなるか。



『昨夜はどこに? 愛しのケヴィン』

「さてね。そんな昔のことなんざ覚えちゃいない」

『ああ、ケヴィン。今夜は会える?』

「さぁね。そんな先の事なんてわからない」

『貴方に一杯?』

「お前に一杯」

 すれ違いざまにトップレスねーちゃんペイントのF-15が振り返る。

『「BANG!」』

 片手を挙げて合図。正直これに意味なんて無い。ま、おふざけの面が強いだろう。

 むしろおふざけ以外のなにものでもないと俺は声高々に宣言したい。うん。

『マンバ2、マンバ4。共有回線を使うな』

 とりあえず待ってくれるあたりオッサンの生暖かい保護者精神が窺える。

 地味に腹立つが。

『……どういう意味?』

『マンバ5。気にしないでいいのよ? 多分意味はないだろうから』

 エリー地味に酷ぇ。

「そういう息抜きしたっていいだろ? 程よく気分転換しないと、頭がはち切れちまうぜっと、マンバ2、FOX2!!」

 目前に迫る要撃級の頭を突撃銃で打ち抜くと要撃級の肩に脚をかけ、そのまま飛ぶ。

 高く飛び過ぎれば光線級の餌食になる。何事もそこそこ、が一番だ。

 手当たり次第に弾をばら撒き、辺りを紫の血で染めていくと、着地して突撃級の群れの中に突っ込む。

 ヨタヨタと、こっちに向き直るが――ハ、遅ぇ。遅ぇ!!

「遅ぇぞこの猪野郎ッ!!」

 36mm弾をばら撒き周りにいる無様に腹を見せている突撃級に見舞う。

 こいつら、全部が全部こんな感じならどれだけ楽になるか。

『マンバ2! 出すぎだ! 戻って!!』

 エリーの制止の声。

 出すぎ? そんなはずは無い。マーカーはまだ一団の先頭付近だ。問題は無いはず。

『コブラ1よりヴァルキリー小隊、及びマンバ小隊。これより支援砲撃を開始する。繰り返す』

 ……支援、砲撃ですと?

 うげ、それは不味い! 蜂の巣で済めばいいが下手すりゃ消し炭にされちまう!!

「くそったれ! 支援砲撃なんて聞いてねぇぞ畜生が!!」

 言うが早いか後方に飛ぶ。

 とりあえず後方もBETAを意味する赤マーカーで真っ赤だが。

 と、目の前のBETA達が動きを止めた。

『マンバ2! 急いで!!』

『マンバ2! とっとと来ねぇと蜂の巣にされンぞ!!』

「っ! わーってるっつーの!!」

 どうやらエリーとエディのコンビが俺の退路を作ってくれていたらしい。

 僅かに空いた隙間に向かって飛ぶ。途中何度か要撃級の腕を掻い潜り、右、左と攻撃の雨を掻い潜り、ようやく俺はBETAの群れから脱出した。

  不意にぞくん、と全身を悪寒が駆け抜ける。

 相棒を無理矢理横っ飛びさせると、左腕をもぎ取りながら超高速で通過する要塞級の衝角。

 激しい衝撃に頭を揺られながら自分に活を入れ、息を一つ噴き出して気合を入れると、ナイフを抜き放って伸びた触手を叩き切る。

『マンバ4! FOX2!! ケヴィン! 生きてるか!?』

「――残念ながらッ! バッチリ生きてるぜ!!」

 ふとコクピット左脇を見ると、そこから表が見えている。

 ……あと一歩、避けるのが遅ければ今頃死んでたな。

 どこか人事のように思いながら俺は仲間たちの下へと加速する。

 バランスが悪い。左脚部にもダメージが行ったか?

 ええいクソッタレが。こんな所で死ぬわけには行かないんだよッ!

「だぁぁぁぁぁった! 目に風が沁みるぞコンチクショウめがッ!!」

 相棒が悲鳴をあげているのが良くわかる。

 フレームが軋み、動力が異常反応を起こしているようだ。

 あ、やべ。

 バランス崩した――

 むき出しにされたコクピットに迫る戦車級の群れ。

 いや、迫ってくるんじゃねぇ。

 ――間違いない。俺が近づいてるんだ。

 このまま転がれば俺は美味しく奴らの腹の中だろう。

 Fxxk! ふざけんじゃねぇ。

 こんな所で餌になるなんて死んでも御免だ。

 畜生、畜生が。

 と、突如機体に大きな制動がかかった。

『――マンバ2。気合を入れろ』

 カメラに映し出されたのはスカーフェイス……マンバ1の姿。

「ハ……言われるまでもないっての。オッサンの方こそ気張れよ?」

 そのまま体制を立て直されて俺は飛ぶ。

 ほんの数瞬後には俺達のいた地点は火の海と化していた。



 ********************同日・同時刻・伊隅ヴァルキリーズ補給地点***************************



「赤山達の具合はどうだ?」

 出来うる限り平静を保ち、私は部下である宗像美冴に声をかけた。

 先ほどの戦闘で三人が負傷、内一人が重体、一人が重傷に陥ってしまったのだ。

 ――あの時、もっと私が状況を読んでさえいれば……

 現実とは無情だ。宗像が目を伏せ、軽くかぶりを振った事で私は大切な部下を、そして戦友を失った事を感じてしまった。

「……青瀬も、容態が急変しました。今救護斑のメンバーが必死になって救命措置をとっています」

「――ああ。わかった。……作戦も終わったらしい。帰投の準備を始めよう」

 知らず、拳を握ってしまっている。――自分は無力だ。

「伊隅大尉。すぐに来てください」

 血まみれになった看護兵が突然私の名を呼んで、私は思わず駆け出してしまっていた。



「た……ぃい」

 少しのんびりした感じのあの暖かな顔はもう面影が無いほどただれてしまっていた。

 黒く、艶やかだった長い髪も、白磁のような白い肌も。皆、皆。

「……し、ぬの、嫌です……」

 肘までしかない腕で、私を掴もうとしている。

 私は歩み寄ってその手を取ってやる事しかできない。

「こ、わぃんでぅ……カラだ、熱いのに、寒い……」

 焦点の合っていない目が必死に私を探している。

「……死に、たくない……死に、たく……」

「……大丈夫だ。これは悪い夢だから。目が覚めれば……きっと、また笑える。絶対にだ」

 ――こんな嘘をつくのは何度目だろう。

「……ゆ、め……なら、さめ……ぇ」

 乾ききってしまった瞳から零れた最後の涙。

 私はそれを指で拭ってやった。



 ********************* 5時間後・同日・横浜基地 ***************************



 基地に内接している香月夕呼のラボに今、二体のBETAが搬入された。

 拘束具によってしっかりと行動を制限された兵士級達である。

「――しかし、見れば見るほど気色の悪いバケモノね」

 思わずケージに入れられたBETAを見た夕呼が苦笑した。

 そんな夕呼が目に入っていないのか
色白、と言うよ りはむしろ蒼白と入っていい顔色の男が食い入るように兵士級を見つめる。

「……鮮度も問題なさそうだな。これならば或いは……」

「――相変らずのBETAオタクぶりね。ハミル」

 ハミルと呼ばれた男は答えない。

「いつだってそうだ。お前は俺より9年遅く生まれてきたくせに簡単に俺を追い越してその上も飛び越えて……」

 ぶつぶつと呪詛をばら撒くハミルに夕呼はこの日何度目かのため息をつく。

「そんなのはどうでもいいのよ。それよりもとっととあんなと知ってる事ゲロしなさい」

 だがやはりハミルは独り言を呟き、夕呼に怨嗟の視線を向けるだけ。

 ああ、やっぱりコイツとは根本的にソリが合わない。夕呼の怒りが頂点に達しようとしたその時だった。

「……俺のオルタネイティブ4は……あ、あんなチンカス理論なんかとはワケが違う」

 ようやっと、口を開いた。

「で? この写真の子供達、あんた見覚えあるでしょ?」

 人差し指と中指でイチとサンの写真を挟み上げてひらひらと揺らす。

 ハミルがニヤリと笑った。

「――ああ。そいつらは俺が作った。と、言っても出来損ないだったがな。クソみたいなサイコキネシスにリーディング、それにプロジェクションしか付けられ なかった」

 人で粘土細工をする男。誰かがハミルを比喩した言葉だ。

 なるほど。彼は確かにことバイオテクノロジーにおいては天才なのだろう。だが、如何せん心と言う物が欠落していた。

「だがな。俺はもう完成させたんだよ。フヒッ、最高の傑作だ。時間の先を読む」

 突然ハミルはぼさぼさの頭をかき始める。

 ぼろぼろとフケが零れ落ちていく様子が更に夕呼の不快感をかき立てる。

「投薬、組み換え、投与、考えられる事は皆やったなァ……ひひっ」

 涎が零れる。その目は完全に狂人のソレだ。

「――でもなぁ。だめなんだよなぁ。そうだ。アレだ。アレが足りない。アレだ。アレ」

 そしてまた自分の世界へともぐりこんでいく。

 結局、無駄足だったのか。

「……ま、いいわ。貰ってくわよ」

 ハミルの持ってきた一枚のディスクを了承なしに取る。

「――いや、待て。どうする? ストレスを与えるのが一番か? いや、それよりもそうだあの女を使うのも悪くないいやそれよりも薬いや」

 ハミルの長考は終わらない。



 *****************************************



「よ、ミッチー」

 俺は前を行くミッチーこと伊隅みちるに声をかけた。

「何か?」

「んや、なんとなく。ほれっ」

 ひょいっといつも美味そうに飲んでた栄養ドリンクを放り投げた。

 緩い放物線を描いたそれはミッチーの顔面に直撃する直前で――

「……チッ。外したか」

 ミッチーレフトアームによってキャッチされてしまった。

「……隣いいか?」

「好きにしてください」

「つれねぇなぁ。もうちょっとこう“えっ……そ、そんな……恥ずかしい……”とかそういうの期待してたんだが?」

 俺は軽い足取りでなるべくいつも通りにミッチーの横に腰掛けた。

 結構坂になってるから実は結構座りやすい。

「ふぃー。今日もオツトメゴクローサンってか?」

 カッカッカと笑いながら俺はミッチーの横顔を見る。

 決して表面には出さないが、その目には悲しい光が宿っているように見えた。

「……毎度毎度、貴方も飽きませんね」

「まぁな。俺はまりもさんの次に美女を大事にする男だからよ?」

 クスリともしない。しばらく沈黙が続く。

「……二人、だって?」

「……ええ」

 今日、ミッチーの部下が二人死んだ。

 また二人の間に沈黙が流れる。

「……私は、私のミスで赤山と青瀬が死んだと、思っています」

 懺悔の言葉。俺はそれを聞いてふと反論する。

「一人は助かったんだろ? 内地で入院って話じゃねえか」

「……両脚を失いました。私のミスです……あそこでもう少し」

 ゆっくり、ゆっくりとミッチーは言葉を零す。

 自分の至らなさ、自分の無能が部下を殺した。

 彼女の言葉が重い。

 俺は何も言わない。『お前は良くやった』なんて本当に全力を尽くした奴には言えないから。

 何度かミッチーが目の辺りを押さえる。

 『今だけ思い切り泣けよ』なんて俺は言わない。一度泣いてしまえば涙が止まらなくなるのは良く知っているから。

 ――懺悔が終わった。ミッチーの顔もほんの少しだがいつもの顔に戻った気がする。

「そーだなー。来年の春にゃあ、この木も花咲かせるだろ?」

「今年も凄かったですからね。あ、大尉は腹痛でお花見来れなかったんでしたっけ?」

「……ファック! エディの野郎のせいで俺は……ま、だから来年こそ俺はお花見に出るね!」

 ぐいっとコーヒーを飲み干して立ち上がる。

「ほんでもって俺は宣言するね! まりもさんと結婚しますってよ!」

 グッとサムズアップしてケヴィンスマイルを放つ。

「はぁ……」

「ちょっと待て。なんでそこでため息つく?」

 ――俺はミッチーを勇気付ける事も出来なけりゃ慰める事もできない。

 だからせめて、おどけていよう。皆が落ち込んでしまわないように。

 なーんてちょっと青臭い事考えていた俺だったり。



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