「あ、彩峰!?」

 その場に倒れこみそうになった彩峰を抱き止めたのは他でもない榊だった。

 真っ赤になった胸を必死に押さえる榊に、他のペアが駆け寄ろうとする。

「おーっと、下手に動かない方がいいぜ。
俺が連れてきたスナイパーは血も涙もない奴 でな。しかもどこに隠れてるかわかんねぇぞ」

 ゲラゲラと笑う俺。しかし、それでも各ペアはお互いに一言二言を交わすと何かを覚悟したように頷きあう。

 まず動いたのは、やはり剣涼ペアだった。閃光に目が眩んでいるのだろう、おぼつかない足取りではあるがゆっくりとそっちに近寄る。

 ま、そうそうあの意気地の悪いエセラテンヒートがそれを許すとは思えねぇんだが。

 タァン、と鋭い音と同時に涼宮の足が真っ赤に染まる。顔をゆがめ、悲鳴をかみ殺す涼宮。

「涼宮!? 足を……!?」

「大丈夫よ! こんなの……屁でもないから!」

 健気だねぇ。痛みを堪える美少女っていうのも……ふむ、悪くはない。



********************************************************* 御剣冥夜******************************************************



 鋭い音とほぼ同時に涼宮の足が真っ赤に染まった。

 私は咄嗟に涼宮を抱きとめるとあたりを見回す。

 涼宮と、彩峰が狙撃されたのは……恐らくは同一方向。

 しかも、追撃が無い事を鑑みるに……狙撃手は一人。

 さらに、前方からここを狙撃できるポイントは……恐らく、あそこしかあるまい。

「皆! 恐らく狙撃手は正面の給水塔にいる! 障害物の陰に逃げ込むのだ!」

 鋭く号令を飛ばす。

 とりあえず、障害物の陰なればそうそう攻撃は受けないはず。

 体勢を低くし、涼宮の傷の具合を確かめ……

「だ、だから……御剣! 大丈夫って言ったでしょ!」

 傷が、ない?

 だが、赤い血が……

「良く見なさいってば! これは……ペイント弾よ!」

 な、ペイント、弾だと?

「御剣! 謀られたわ! こっちも同じ 「でゃーーーははははは! 騙されやがったなヴァカ娘どもめ!」 む、むきーーーーー!」

 先程までどっかりと構えていたケヴィン教官、柏木組が見事に左右に分かれた私たちの合間を縫って元地雷原を駆け抜けていく。

 初めから、これが狙いか!!

 敵ながら天晴れと褒めたくなるような手口。

 始めの彩峰に撃ったペイント弾が自分たちの中にある恐怖を膨らませ、涼宮への一撃は混乱を招くに十分すぎるほどの効果を発揮した。

 初めから私達は彼の手のひらで踊らされていたのだ。

「……なんという謀略と知謀! 今孔明と言っても過言では」 

「ただずる賢いだけでしょー! ほら追いかけるわよ!」

 私達は、雑木林から飛び出した。

 前方の、あの台で教官がとても、その、心の逆鱗にふれそうな笑顔を浮かべているのが目に入った。

「……死なすッ! 上官教官関係なしよッ!」

 あの笑顔は榊の逆鱗を引きはがす位の勢いで触れたらしい。

 未だにぐったりしている彩峰に平手を叩き込み、強制的に覚醒させている。

「起きなさい彩峰! 追うわよ! 追ってあの**(検閲削除)**に断固鉄拳制裁をッ!」

 榊の形相はもはや鬼のそれと化していた。 

 正直、私ですら恐怖を覚えるその形相に、珠瀬はおろかあの鎧衣すらおびえている。

 意識の戻った彩峰とともに榊が追撃の一歩を踏み出そうとしたその時、私は地面の一角がやけに盛り上がっている事に気付いた。。

「榊! 待」

 てと言おうと思ったが時すでに遅し。

 ずん、と榊、彩峰の身長が低くなる。

 小さくなった!? 否、あれは……

「落とし穴……か?」
「落とし穴ね」
「落とし穴だねー」
「落とし穴ですー」

 見事に声が重なる。

「だーーーっははははは!! 馬っ鹿でぇぇーーー! フツーそんな見え見えの落とし穴に引っかかるかーー!?」

 とても嬉しそうな、はじける様な笑顔を見せる教官。

 その様子は、どこか子供のようにも見えて、見ようによっては微笑ましいものかもしれない。

 が、それは。

「ふ、ふ、うふふふふふ……」
「……ふ、ふふ、ふふふ……」

 怒れる竜虎を

「塵芥も残らないように殴り飛ばしてあげますッ!」
「……今夜は、血祭り……!」

 爆発させる結果となるだけだった。

 怒りの方向が全く同じ為か二人の両脚は見事なシンクロを見せ付ける。

 ペイント弾を掻い潜り、教官ペアに肉薄する――!

 勝負は、決したかのように見えた。



************************************************** ケヴィン・ウォーケン・黒澤****************************************************



 やば、ちっと突きすぎたか!?

 オーガ榊になった榊と、ジャガー彩峰は弾丸の如く此方に接近してくる!

「きょ、きょーかん。ちょっとマズイんじゃないんですか?」

 おお、柏木の声が震えている!?

 どうやらこれは本当に危険らしい。

 スタンプを手早くぺったんすると、柏木の手を握り

「よっしゃ、ずらかるぞ柏木!!」

 高速で方向転換をし終えると、そのままの勢いで駆け出す。

 無論、さり気なく妨害工作を忘れないのが俺。

 さっとジャケットに手を突っ込み蛍光塗料をぶっかけたタマゴのようなものを取り出すと、それをひょいと後ろにパスするような感じで投げる。

 当然榊ペアはそれに突っ込み……

 全身をべっちょりと蛍光塗料に覆われる羽目になった。

 薄ぼんやりと闇夜に浮かぶ眼鏡と乳。

 思わずそのシュールな光景に

「ブフッ」

 堪えきれなくなった笑いが零れる。 

 ぎらり、と眼鏡が輝いた!

 も、もう駄目だ! 限界!

「ブハッ! ぶはははははは!! な。なんだお前ら! 狙いすぎだ! ぶ、ぶわははははは!!」

 笑いながらもダッシュ。

 柏木よ。涙を流しながら笑いを堪えているお前も同罪になっている事をわすれてはいかんぞ?

 しかも、これはただシュールな画を作りたいが為にやってたわけじゃない!

 ペイント弾が、視界を狭められた榊ペアを襲う!

 べしゃ、べしゃ、べしゃと音をたて、赤く染まっていく二人だったが、榊が足を引っ掛けたのかそのまま転倒する。もちろん凄いスピードで。

「榊、めがねかけてるから視界がわるくなる」

「ッ、うるさいッ! ちょっと拭くから待ってなさい教官!!」

 当然待ってやる義理はない。掛け声を一つかけると、俺と柏木は一目散にその場を駆け出す。

 少しして後ろを見ると、御剣ペア、珠瀬ペアは早くも追撃に移っていた。

 榊ペアは、蛍光塗料対策に追われているのが見える。

 これで、多少はあの二人も協力的になる……か?

「榊、とろい」

 うわ、それでも関係改善には至らない。

 見事に反発しあう二人に、思わず拍手を送りたくなった。



 ――20時5分 射撃場・第二チェックポイント――



「急げ柏木ィ!! 来る! オーガとジャガーが来る!」

 後方からはただならぬ殺気をばら撒きつつ榊ペアが接近してくる。

 暗闇での狙撃は当然難しい。

  そこでさらに相方が隣にべったりとくっついているわけだからそのやりにくさと言ったらないだろう。

 ちなみに、現在の順位は首位、珠瀬ペア。

 あのペアは到着早々に伏せ撃ちの体勢になり二射目でターゲットを射抜き、エリーの奴にスタンプを押してもらって飴ちゃんまでゲットしやがった。

 さすがは珠瀬。二位争奪戦はかなりの激戦の様相を示している。

 全身密着型となった俺ペアは柏木が若干の拒絶反応(胸に触れたのが間違いなく失敗)を示してしまい、何故か俺は後ろ手に縛られた挙句おおよそ四十叩きと いう憂き目にあってしまった。
 
 続いて御剣ペアはここでも若干我の強さのぶつかり合いによってタイムロスをしている。

 伏せ撃ちか、膝撃ちか。選択するのに予定以上の時間をかける辺りあの二人っぽい気がするな。

 そして彼方より殺気をばら撒きながら奴らがやってくる!

 もはや正視することができん!(未だにシュールな雰囲気の為)

 タァン、と柏木が二発目を撃った。

 結果は……ミス。

「惜しい。あと4cm弱右だったね」

 冷静に言うのは本来審判? 役のエリー。

「う〜ん、やっぱりセクハラきょーかんがちょーっとお邪魔虫ですね」

 柏木、ちょっと酷くないか?

「そう? ケヴィンはなんだかんだで結構役に立つわよ?」

 エリー、やっぱお前はいい奴だ……

「弾除けですか?」

 柏木さん。胸を触ってしまったのはすまなかったと思っています。

 ですからもう許してください。

 そしてエリー。笑顔で頷くな。

「柏木君。落ち着いていくんだ。君ならできる」

 俺は凄い真面目な顔で柏木を見つめる。

 百万ドルの笑顔だ。

「きょーかん。暫くこっち見ないでください」

 百万ドルの笑顔でそう返す柏木に、思わず涙が零れそうになった。

 ちくしょうめ。その内ヒィヒィ言わせちゃる。

 無駄な対抗意識を燃やしつつそれでも魅惑のそこに目が行く自分が少し悲しくなった。

 仕方がないじゃないか。俺だって、俺だって男の子だもんよ!

 


 
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