「なんだよ……なんだって言うんだよ!」

 あの頃、まだ俺はガキだったから。

「こうでもしないと、人は生き延びれないと考えてる……そういう人間がいるのよ」

 信じろって言うのは無理な相談だった。

「でも、でも俺は! あんなに……」

 どんな経緯にせよまさか、って言うのがあったからかもしれない。

「……はぁ。結局ガキはガキだったのね」

「ふざ……ふざけんなっ! ちくしょうっ!!」

 犯してしまった過ちは余りにも大きくて

「……止めないわ。やりたいならやりなさいよ」

 その日、俺は全てから逃げ出した。

 


muvluv ALTERNATIVE  “もう一人の英雄”  第一話




「……ヴィン大尉。ケヴィン大尉! 起きてください!」

 ぐあ、ライトの光を顔面に当てるな。まぶしいとかそういうレベルじゃねぇよ。

 怒りが俺を突き動かす。こうなりゃ徹底防戦だ。負けるわけにはいかん。

 うつぶせになって顔をマクラにしっかりとうずめる。

 ふ、これでライト攻撃は出来まい。

「ほら、ちょっとどいて……高角度飛び膝落とし!!」

 油断した俺の背骨に叩き込まれる固い何か。

「ゴォォォォ!? ウェイットゥアーーーー!!」

 海老反りになりながら何か良くわからない国の言葉を叫びながら悶える。

 俺の腰から脳天にかけて鋭い痛みが走った少し後にゅっと俺の顔を覗き込む……伊隅ヴァルキリーズの隊章が目立つぜチクショウ。

 痛い。痛いよ。部下の愛とも上官イジメともわからない優しさがにじみ出てるよ。
 

 ああ、俺涙目になってんじゃない? 視界が歪んでるよ?

「大尉、目が覚めましたか?」

 髪を後ろで纏めた活発そうな女……速瀬水月。

 これで何度目かわからない越権攻撃をひたすらに俺に続ける女だ。

 いわば狩る者と狩られる者。

 それよりもこんな事したら普通の部隊なら軍法会議モンだぞ?

 でも口が裂けてもそんなことは言わない。

 言えば十中八九より強烈な反撃が待ってることぐらいわかってるからな!

 と、心配そうな顔でこっちを見てる横浜基地の花。

 さらさらな髪と大きな瞳、上品な物腰で知られるひなげしの君こと涼宮遥嬢だ。

 うーん、やっぱ可愛いよなー……なんで水月なんかと一緒にいるのかわからん。

 まぁ、右手に軍用ライト持ってなければの話だけどな!!

「ああ、涼宮君。安心してくれ。君が俺の腰を優しく擦ってくれれば俺は凄く満足だから」

 少し困った顔をした涼宮は……にっこり微笑むと

「大丈夫そうでよかったです、大尉」

 しっかりさっきの返答は聞かなかった事にされてました。

 そんなやり取りそっちのけでベッドの脇まで来ていた水月は、首をかしげた後にくんくんと俺 のシャツの臭いを嗅ぎ途端に酷い顔をする。

「うわ、大尉。軍服昨日から着っぱなしですか?」

 ん? ああ、そういやそうだったかもしれないな。

 無言でコクリと頷く。

「うわ、サイテー……大尉、親父臭しますよ?」

 うわって言いたいのはこっちだ。

「疲れてたんだからそのまんまで寝ちまってもしゃーねーだろうが」

 その発言を聞いて涼宮はすーっと部屋の隅に移動した。目を逸らされる。

 年頃の娘っ子に親父臭って言われて凹まない好青年はきっと他にいないぞ?

 しかも普段ひなげしの君に露骨に避けられると……もう、ねぇ?

「だぁ、わーったよ。シャワー浴びて新しいの着てくって」

 そういいながら軍服に手をかける。

「うわぁっ! あたしたちが出てからにしてくださいよ!」 

 慌てて手で目を覆う水月。

 いつもの報い、受けるがいい! 俺は勢い良くシャツを脱ぎ捨てようとして

 ガスン!

 閃光が走る。

 いつの間にか涼宮の手から射出された軍用ライトが見事俺の右頬を捕らえていた。


 ****************


 あー……痛ぇ。

 頬と腰を擦りながら廊下を歩く。

 あの後、涼宮に用件を聞いてプラプラと待合室へ向かう俺。

 それにしてもまさか永世中立国が攻撃に参加するとは思わなかったぜ。 

 しかもトンでもない弾道ミサイルを隠し持ってたとは、侮りがたし。

 そこまではいいとして隊長が俺のこと呼び出すなんていつぶりだ?

 途中で皆に会ったところを見ると呼び出しうけたのは俺だけだし。

 気が重いな……しかし逃げようにも逃げられないし。
 
「ケヴィン大尉じゃないですか。どうしたんです? こんな所で」

 いきなり声をかけられて少し飛ぶ。
髪を短めに切りながらも、日々のケアに力を注いでいるのが見てわかる髪。

 デキる女! っていう感じが隠し切れないイイ女。

 まぁ、俺の飛びっぷりに思いっきり怪訝そうな顔をしなければ、の話だが。

「あ、あー……なんだ。さそりがな。そこにいたんだよ」

 伊隅みちる。一応俺よりも二期後輩のはずなんだがもう俺の階級に追いついてるミスパーフェクト。

「さそりなんてもう生き残ってるのはいないと思いますよ……ってその頬どうしたんですか?」

 心配してくれるのは君だけだよミッチー。

「これはな。聞くも涙、語るも涙の……」

思いっきり呆れ顔になったミッチーは大げさにため息をついて曰く。

「どうせ、速瀬、涼宮あたりにちょっかいだして殴られたか何かしたんでしょう?」

 鋭いしね。

 ミッチー――いや、伊隅みちるは物凄く鋭い。なんていうか女の勘っていうのか?

 しかも凄いカタい。部下に対しては緩いが上官に対しては硬い。モース硬度9か10位あるだろうと言えるほど硬い。

 です、ますは絶対だし、冗談を言っても鼻で笑うような鋼鉄の女だ。

 ま、だからこそミッチーといえるのかもしれんが。

「……? そういえばゴヤスレイ少佐がお呼びじゃないんですか?」

 あ、やべぇ。少し忘れてた気がする。

「悪い。もう少し構ってやりたいところなんだがこれ以上遅れると俺の命に関る」

 シュタッっと手を上げる俺を見て
苦笑しながらミッチ ーは言う。

「私もゴヤスレイ少佐に呼ばれたんですよ。時間の方はもう少し余裕があったと思うんですが」

 だ、そうだ。おかしい。それなら何故涼宮達はあんな時間に俺を起こしにきたんだ?
 
 まさかあの歳であーそーぼー的な流れじゃないだろう。
  
 暫し考えた後、俺に天啓がひらめいた。

 寝 首 掻 き に 来 た !?

 うおお、そうか! そうだったのか!

「ミッチー! 聞いてくれ! あいつらが起こしに来た理由……が……」

 ミッチーは遥か前方へ既に歩き去った後だった。

 うん。悲しくない。悲しくなんかないぞ!

 そう言いつつも悲しみを抱えて俺はミッチーの後に続いた。


 ****************


 待機室に入るなり隊長の鉄拳が俺を待ち受けていた。

 頭に振り下ろされた一撃で意識が朦朧とする。

「……今は何時だ? 言ってみろ」

 入ってくるなりこれかよッ!

 頭に来た俺はとりあえずこの山みたいな巨漢に食って掛かる。

「〜〜〜〜〜ッ! 30分近く伊隅大尉よっか早く来させるのはなんか変じゃないっすか!?」
 
 火傷で殆ど開いていない右目でこちらを睨んでいるのがなんとなくわかる。

 ああ、くそ。嫌なオッサンだ。

 こっちの意見そっちのけで何でもかんでも押し付けてきやがる。 

「俺が聞きたいのは貴様の言い訳ではない。今は何時だと聞いている」

 腹が立つが、ここでごねててもしょうがねぇ。時計をちらっと見て確認。

「7時半です。サー・スカー」

 せめて精一杯の皮肉を込めて言う。

 が、隊長は淡々と自分の意見を続ける。

「俺が貴様を呼び出したのは7時だ。なぜ30分もの誤差がある? これは戦場では決してあってはならぬ」

「ああ、わかりましたよ! すいませんでした!! けど、言わせてもらいますが今まで俺が戦場でヘマ踏んだ事ありましたか!?」 

「黙れ。次にくだらん発言をしたら営巣に叩き込むぞ」

 あああ、本当に腹の立つ! 主よ。是非とも俺に権力をくれ。

 それよりも主よ。何故こんな原人みたいな奴に知恵を授けたもうたか。

 火を使えるくらいで良かったじゃないか。

 ふぅ。とため息をついた隊長は話を始めた。

「ケヴィン。貴様は本日付で除隊だ」

 随分、突拍子の無いお言葉で。

「へぇ。そこそこ使ったらポイっすか」

 思わず口から零れる言葉。

 まぁ、どうでもいいんだけどな。

 俺にしてみればあの日  なんて物はどうでもいいものになったんだ。

 結局誰も彼も一緒だ。 

「何を勘違いしたのかは知らんが、貴様は配属が変わるのだ」

 一呼吸置いて隊長は此方に向き直る。

「ケヴィン・ウォーケン・黒澤大尉。貴様は本日付で横浜基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊の実技教官に任命された」

 俺は耳を疑った。

 てっきり配属変えでどっかの激戦区にでも飛ばされるもんだと思ってたからこの言葉は正直何か裏があるとしか思えない。

 むしろ正気の沙汰か? 俺、折り紙つきのダメ士官ですが。

「……俺としても納得がいかぬ所は多々ある。しかし、これは香月副指令直々の御指名だ。俺では計り知れない考えがおありなんだろう」

 なんか最初が凄い引っかかるが……まぁ、いいか。

 少なくとも戦闘からは遠ざかりそうだし。

 こんな事ばっか言ってる訳にもいかないんだがなぁ。

 何より、あの人の指名とあればしょうがない。

「……了解しました。本日より横浜基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊実技教官として邁進いたします」

 ん? 何かおかしい。

 本日付?

「では、これより急いで衛士訓練学校に向かえ。あちらでは神宮寺まりも軍曹が首を長くして待っている」

 ああ、なるほど。人使い荒いのは流石だね。

 最後に悪態をつこうとしてやめた。

 また殴られたらぶっ倒れかねん。

 待合室を出ようとした時ミッチーと目が合うとニヤリ、と意地悪い笑みを浮かべる。

 ああもう、なんでこんな時だけスマイルを浮かべるか!

「何をグズグズしている。早く行かんか」

 言葉が終わる前に俺は待合室を出た。


 主よ。願わくば、奴に七難八苦を、俺に七易八楽を与えたまえ。





第二話 へ進む



SS選択へ戻る

TOPへ戻る