「べ……BETAだッ! BETAが出やがったぞッ!!」

 慌しく動き回る黒服たちの気配。

「馬鹿野郎! テメェら気合入れろ! 雑魚共なら俺らでも十分なんとかならァ!」

 気合云々でどうにかなる相手じゃないことぐらいわかってるはずだ。

 兵士級相手なら、まぁ人間でも少しはなんとかなるのかも知れんが。

 完全に興味は俺からBETAの方に移ったようだ。匍匐前進でゆっくりと移動する。

「来、来やがったぞ! 白いのが六匹、茶色いのが三匹だ!」

 色だけしか判断材料がないが多分、兵士級6、闘士級3ってところか。

 黒服どもは、ざっと見ただけだから良く覚えてないが、多分小銃3、拳銃4ってとこだろう。

 全滅する可能性のほうが間違いなく高い。

 ……あのカーテンの後ろはどうなってっかな?

 なんでもねぇ窓ならぶち破って逃げれるんだが……鉄格子とかあてがわれてたら痛ぇだろうな。

 思案にくれる俺に、更なる脅威が迫る。壁が崩れた音だろう。 

「ヒ、ヒヒィィ! ヤ、ヤラセ、ヤラ」「ぎぃぃぃ、足が足……」

 銃声と怒声、更に悲鳴、咀嚼音に骨がへし折れる音で部屋が包まれる。

 同時に硝煙と血の混ざった臭いが俺の鼻腔を貫いた。

「うぷっ……こんな所で気絶はさすがに洒落にならんぞ……!」

 阿保みたいに震える身体に気合を入れて、急いでぼろ服の袖から茶色のアンプルと注射器を取り出す。

 こうしている間にも悲鳴は少なくなり、銃声も減っていく。 

 急げ急げ急げ急げ! 焦るな、迅速、かつ冷静になれ。

 アンプルに入った液体を注射器で吸い上げ、それを首筋に打ち込む。

 一瞬頭に霧がかかったような感覚に陥る。頭を振って無理矢理意識を覚醒させると血の臭いがいつの間にか気にならなくなっていた。

 銃声は止んだが、咀嚼音が一つ、どうしても止まない。

 呼吸を整えて、俺はそこから飛び出した。

 黒服の上半身を咀嚼する兵士級が視界のわきに写った際に気がついた。奴さんも俺に気付いていたらしく、目と思しき器官がこっちを見ている。

「勘弁してくれ……お前さんと見詰め合っても恋には落ちれんッ!」

 不気味な声を上げこちらに迫ってくる。

 先ず一発、カーテンの方に向かって打ち込む。ガシャン、と音がしてカーテンが捲れた。

 しめた! 格子も何もない! 

 俺は身体を丸めるように窓に飛び込んだ。

 始めに撃った一撃によって窓はある程度砕け散っていたお陰で比較的すんなり行くはずだったんだが……

 身体の各所を切る羽目になった。

 そのまま裏路地をひた走ろうとするが、またもあの感覚に襲われ、俺は後ろに飛びのいく。

 薄い壁をぶち破って血まみれのそれが姿を現した。 

 それの後からゆっくりと兵士級が出てきた――口には黒服の身体の一部を咥えたまま。

 相当数弾丸を打ち込まれているはずなのに、未だ致命傷には至っていないらしい。

「……そんだけダラダラ出てんだから……いい加減死ねっての!」

 たて続けに二発パイソンが火を噴いた。

 紫色の体液が頭? の辺りから吹き出る。

 それでも兵士級は止まらない!

「根性あるのはいいけどよッ! ちったぁ休んでも罰当たんないと思うぜ!」

 俺の方も逆方向に全力で逃げる。

 振り返れるだけの体力的な余裕も、時間的な余裕も無く、ひたすら旧大通りに向かって走る。

 ひたすら走ったその先で、俺を待っていたものは――



                                        F   −   1  5   E
 路地裏を必死に逃げていた俺の目に飛び込んできたのは4機のストライクイーグルだった。

 パイソンを撃ちまくり自分の存在と後ろの兵士級を確認させた後、兵士級がストライクイーグルに踏み潰されてミンチと化すのを見て、ようやく俺は脚を止 め、その場 にへたり込んだ。

「あ゛ー……なんか暫く見てなかったけどよ」

 俺は夕日を背に受けて静かに佇む4機ストライクイーグルを見る。

 肩に描かれた蛇のエンブレムがどこか誇らしげに見えた。

「なんだかんだでストライクイーグルはやっぱカッコイイんだな」

 コクピット脇にトップレスの姉ちゃんが描かれたストライクイーグルがしゃがむと、中から衛士が降りてきた。

 ……どうせなら可愛い娘さんが来てくれれば、いや。落ちつけ。 

「いよぅ、兄弟! ケツは掘られてねぇかよ?」

 その顔には見覚えがある。

 あー、ったく。不思議とヴァカの顔でも安心するぜ。

「どうせならもちっと早く来いや。もう少しで食われる所だったんだぞ」

「ま、結果オーライだって! ……後で教え子紹介しろよ? それでチャ」

「断固断る。最悪あいつらに手を出すのは俺だ」

 なんじゃそりゃ、と笑いながらラテンヒートが手を伸ばしてきた。 

 どっこいしょと爺みたいな掛け声をかけつつ俺は立ち上がって、路地の奥を見る。

 嫌な予感は、何故か消えていなかった。



 ***********************



「で? 麻薬のバイヤーを見つけたはいいけど銃撃戦になって抵抗できないうちにBETA襲撃にあって逃げてきた、と?」

 帰って、あー、今日も死ぬかと思ったなーとか思いながらシャワーを浴びて、部屋でゆっくり寛ごうかなーとか思った直後に何故か夕呼さんに呼び出されて、 まりもさんの潔白が証明されたらしく、うわーい、やっぱりまりもさんラヴー! と騒いでいると何故か正座させられる俺。

 状況を一言で言い表そうとしたけど長いな……

 少し自分を哀れんでやる。

「いやー、でも本当に死ぬかと」

「無能ね」

 うが、ざっくり行きますか。

 もう少し優しく言ってくれてもええじゃないの……

「これでも頑張ったんすよぉ? もー、俺大ショック」

 夕呼さんは暫く考えたようなそぶりを見せた後、ふぅとため息をつく。

「ま、いいわ。さすがにそこまで期待してたわけじゃぁないし。それにとりあえずバイヤー達はBETAの襲撃で全滅したんでしょ?」

 こくりと頷いてからふと、あのボスっぽい男の顔が頭をよぎる。

 証拠があるわけじゃない。だが、あの傷と、あの声に間違いはないはずだ。

 ――同時に蘇り始める、自分の中で蓋をしていたはずの忌まわしいあの日の光景。

 知らずに俺は、自分の世界に潜っていく。

 

【――小僧。惨めだろう? 悔しいだろう? 自分の無力を呪え】

 お袋に覆いかぶさったそいつの腰から94式拳銃を奪い、そいつの背中を睨みつける。

【か、母さんを……母さんを放せッ!】

 震える手と、汗で滑るグリップの感触を、俺は今でも忘れない。

【……口だけは一人前だな。撃ってみろ。どうした? お袋が泣いてるぞ?】

 あいつがお袋の胸に吸い付き、お袋が短くあげた悲鳴を聞いた瞬間、俺の中の何かが弾けた。

 お袋を守れるのは俺しかいなかったから。

 トリガーを引く瞬間、思わず俺は恐怖で目を瞑っていた。

 パン、という乾いた音。

 真っ赤に咲いた鮮血の花。

 はじめて見る大量の血に、貧血を起こしそうになった俺はへたり込む。

 そいつは頬から血を流しながらゆっくりと振り返った。

【くく……気に入ったぞ小僧】

 ぐい、と首をつかまれてお袋の前に引き摺り出される。

 涙で滲んだ俺の目に薄ぼんやりと浮かぶお袋の顔。

【か、かあ、さん? よかった……僕……母さん?】

 力なく、項垂れたお袋。

【喜べ小僧。貴様が始めて殺したのは……母親を汚そうとした俺でなく、大好きな大好きなお袋だ】

 無理矢理顔をお袋の胸に押し付けられる。

 ぬる、と顔にまとわりつくのは、真っ赤な血。

 ――お袋の鼓動は、その時既に止まっていた。

【ひ、ひぃぃぃぃっ!】

 口から出たのは悲しいという感情の言葉ではなく、恐怖からくる悲鳴。

【カカカッ! どうした!? 身体を張って守ろうとしたお袋だぞ!? 少しは喜べ!】

 その時の、奴の笑いを、俺は一度も忘れた日は無い。

 

「……何を考えてるのか知らないけど、その顔でまりもに会いに行ったら殺すわよ」

 夕呼さんの言葉で俺は現実に引き戻された。

「あ、え? えーっと、なんでしたっけ?」

 まずいまずい。顔に出てたのか…… 

 慌てて俺は苦笑いを浮かべる。

「あ、あはは。やだなぁ夕呼さん! 俺がまりもさんに会いに行く時はまず、こうで、こうなって、最終的にはこうですよ?」

 シャキっとした顔からでれーっとした顔になって、最後は泣きそうな顔になる俺。

 不思議そうな顔で夕呼さんが聞いて来た。

「初めとその次はわかったけど、最後のはなんなの?」

「いや、まりもさんにキスを迫ってボコボコに」

 呆れたようなため息を吐いて、まぁいいわ。と呟く夕呼さん。

 とりあえず当座の危機は脱したと……考えていいのか?

「じゃ、俺ァ行きますんで」

「待ちなさい。一応今の内に言っておくけど、来週から富士教導団との模擬戦があるから準備しておいて」

 うへ、教導団ですか。っつーことは多分オッサン気合入ってるんだろうな。

 マンバ対コブラか。

 ……確かコブラの方が毒強いんじゃなかったっけか?

「それと……どうせ行くだろうから、コレ、持って行きなさい」

 そう言って、夕呼さんは何かを手渡してくれた。

「餞別よ。ウジウジ悩む前に決めてきなさい」

「コレを使う前に多分俺の命がなくなりますが?」

 手渡されたのは少しカラフルに彩られた包み。

 まぁ、所謂……安全にしよう! な物だ。うん。

 ともあれ、潔癖にして鉄壁なまりもさんを前にきっとこの指サックモドキの出番なんてないって。 

「……まぁ、一応持っておきなさい」

 むりやりその最終兵器をポケットにねじ込む夕呼さん。

 最後に飛び切りの笑顔でサムズアップしてくれた……多分もう興味は俺の表情から友人の合体トトカルチョに移ってるに違いない。

 ここいらで撤退した方がいいだろう。

「……まぁ、とりあえず……目標、M−R−Mとベッドインするまで今日は帰らないって事で行きますぜ」

 しゅぱっと敬礼すると、夕呼さんの返答を待たずに俺は副司令室を後にした。

 

 ***********************



「……まったく」

 人のいなくなった部屋で、思わず彼女は呟く。

 そのまま椅子に身体を預け、先程の男の変貌を思い出しながら本棚の方に向かって声をかけた。

「社。もういいわ」

 ひょこ、と本棚の影から出てきたのは少しだけ形の違う軍服を着た少女だった。

 雪のように白い肌に、全てを見透かしたような青い瞳の少女。

 きっと、世界中の軍人に“彼女が最高機密だ”と言っても信じる物はいないだろう。

「……さっきの男の言葉に嘘はなかった?」

 社はこくんと頷く。

「……ただ、途中で、凄く暗い思いを感じました」

 夕呼は目をそらしたが、決して言葉を止めようとはしない。

「……悲しみ、憎しみ、後悔。そういったものを感じ、ました」

 出来れば、この娘にはこれ以上人間のそういった負の面を見せたくない。

 それに頼らざるを得ない自分を歯がゆくも思う。

 けれども、今は四の五の言っていられる状況ではない事も知っていた。

 人類には、もう時間が残されていないから。自分のプランを遅らせる時間なんてない。

「ご苦労様。今日はもう休んでいいわ」

 社がドアの前で一度礼をして部屋を出る。社はまたあの暗い部屋で一人“彼女”に話しかけ続けるのだろう。 

 それが、どうしようもなく不憫に思えてしまった。

「……ヒューマニズムなんてとっくに捨てたはずなのに……私も焼きが回ったものね」

 ――世界中の人間が自分を恨んでくれても構わない。

 ――世界中の人間を救うためなら、私は悪になっても構わない。

 夕呼はパソコンに向き直る。

 ディスプレイに写ったたった一言の言葉ALTERNATIVE W

 最後のピースを探し、彼女は今宵も眠れぬ夜を過ごす。

「……もう少し、もう少しで……」

 彼女のつぶやきを、いや、彼女の脆さを知る者は、誰もいない。





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