「どういう、事っすか」

 声がかすれて情けない声になっている。

 まりもさんが、麻薬を使っているなんて信じたくも無い。

「あのね。まりもがコレを持ってたからって乱用してるってわけじゃないのよ?」

 机の上を夕呼さんの指で弾かれたケースが滑る。

 それを俺は慌てて右手でケースを押さえた。

 少し冷静になる。このままぼーっとしているわけにはいかない。

「俺は何をすればいいんです?」

 沈黙。僅かに聞こえるコンピューターの作動音が、少し不気味に聞こえた。
 
「あんたには……」



 *******************



 ぼろっちい服を着て、俺は廃墟のそばをウロウロしている。

 まぁ、今日は寒くないから別にいいんだけどよ?

 目つきがやけに鋭い連中がいなければ。

 銃を持たせてもらってないから凄く、なんていうか身の危険を感じる。 

 むしろナイフすらもたせてもらえなかったしな……今襲い掛かられたらどうにもならん。

 に、してもだ。

 あれから二時間近くウロウロしてるんだが、全く反応が無い。

 さすがの俺でもそろそろ飽きてきたぞ。

 しかし、そうも言っていられないのが現状だ。ここでなんとかして、麻薬からまりもさんを守らなければ。

 正直、まりもさん以外の薬中はどうでもいいんだよ。俺は

「おい、兄ちゃん。さっきから何ウロウロしてんだよ、ア゛ァ゛?」 

 うわ、口臭ぇコイツ。

 外見はいかにもチンピラ! っていう感じの男。

「ス、スイマセン……」

 俺は片言で謝った。こうしたほうが、なんか外人っぽく見えるらしいからなぁ。

 ま、それはどうでもいい。

 早いうちに情報を引っ張り出しちまおう。

「ココ、クスリ、ウッテクレルキキマシタ」

 身振り手振りを交えてチンピラに言う。

 まぁ、そんなすぐにモノを教えてくれるわけはないやな。

 懐を探り、夕呼さんから貰った茶封筒を取り出す。

「コレ、タメタ。クスリ、ホシイ」

 金なんざもう殆ど意味をなさないと思うんだがそれでもやはり執着する奴はいるようで。

 むしりとる様にチンピラによって茶封筒はぶんどられる。

 お前さん、俺がその気なら殴ってるぜ。

 懐に拳銃さえしまってなければ。

「……随分と蓄えてたみてぇじゃねぇか。えぇ?」

 茶封筒から札束を出して一枚一枚数えるチンピラ。

 一枚数える度に顔がにやけていく。それにしても夕呼さん、一体いくら入れたんだ?

 もう軽く6枚は越えてるぞ? 

「へへ……そうだな……三本よこしゃぁバイニンのトコに連れてってやってもいいぜ」

 上手く行った。やったぜ! なんて言えるほど純情じゃない。 

 まぁ、人気の無いところ連れてってボコボコっていうオチだろう事は目に見えてるっての。

 しかし残念ながら俺には他の選択肢は無いようで、俺は嬉々とした様相で男についていく事にした。

 

「なんだお前は?」

 廃墟の一角に俺は一人でやってきた。

 ちなみにさっきのチンピラは物陰で昏倒させたのは数分前の事だ。

「クスリ、カウ。オシエテモラッタ」

 先程のチンピラから抜き取ったチケットを見せる。

 何故これが重要なものだと思ったかはいたって単純。

 内ポケットの中に隠すように持ってたからな。これだけだったけど。

 チケットにVanusbelcって書いてあるんだが、ヴェーヌスにヴェーヌスベルクと来れば関連0じゃあないだろ。

 ついでにタンホイザーでも出てくりゃタンホイザー伝説だな。

「……確かにホンモンだな。しかし……まぁいい。入んな」

 うーむ、なんか上手く行き過ぎている気がするぜ。

 嫌な予感がしないでもない。

 でもまぁ、虎穴に入らずんば虎子を得ず。の精神だ。

 なんも恐くねぇーぞー……はぁ。

 鉄製の、やけに仰々しい扉がゆっくりと開けられる。

「ようこそ。最高の快楽の世界へ」

 気色悪い事言いやがって。

 薄暗い廊下の先に、何やら仏さんみたいなのが描かれた此方は細工も豪奢なドアがもう一つ。

 ふぅ、と一つため息をつくと俺は腹を括ってそのドアに手をかけた。

 

 *******************



 やかましい程に男女の嬌声が響くやはり薄暗い部屋。

 そこかしこで馬鹿みたいにまぐわう連中を尻目に俺は奥にいた黒服に話しかけた。

 いや、決して素っ裸の姉ちゃんを目で追っかけてた訳じゃないぞ?

「クスリ、ホシイ」

 黒服は少し考えた後、顎をしゃくって奥のドアを示す。

 どうやら、あそこに行けと言ってるらしいな。無愛想な野郎だ。

 そのドアに向かう途中、小奇麗な姉ちゃんに誘われる。ごくっと生唾を飲むシュチュエーションだが、必死でそれを断ると、早足にドアへ向かった。

 ドアを開けると、そこには小部屋があり、その部屋には階段があるだけだった。

 随分ややこしい造りですこと。ゲストの事を考えろコラ。

 仕方なく階段を昇っていく。 

 階段の途中に飾られている絵の価値は良くわからないが、多分高価なものなんだろう。

 階段を昇りきった俺を待ち受けていたのは、またしても無駄にでかいドアだった。



「……お楽しみ中に何の用件だ?」

 まぁ、誰が見てもお楽しみ中だわな。

 女をはべらせて酒を傾ける姿はどこぞのお偉いさんみたいな雰囲気すらある。

 そいつの横にいる黒服が俺に聞いてきた。

 お偉いさんのような男は、向かい合うように女を抱きかかえてるもんだから顔は良く見えないが……腕なんかを見るとガタイのいい男であることはなんとなく わかった。

「クスリ、ホシイ。カネ、アル」

 お偉いさんのような男は面倒くさそうに女を横にどけると

どくん

 心臓が、一度跳ねた気がした。

 そいつの顔を、俺は知っている。

「人生に嫌気がさしたか」

 多分、この声も知ってる。

 頬のでかい傷は、間違いなく俺が昔つけた傷だ。 

「ソ、そうダ。ジンセイ、モウイヤダ」

 一瞬素に戻ってしまいそうになってしまったが、急いで元の雰囲気に戻す。

 溢れ出てきそうな黒い感情を抑え込むと、俺は必死に取り繕う。

 ――慌てたのは察しられて無いはずだ。

「……そのわりには目が腐ってねぇな。俺が世界で一番気にいらねぇ目だ」

 のそ、と立ち上がる。190あろうかという身体からは丸太のような腕が生えている。 
 
 ガタイだけならゴヤスレイのオッサンとほぼ同じか。これは、かなりマズイ。

「……ママ、シンダ。コイビト、モウイナイ。イキル、ツカレタ」

 なんとか演技でこの危機を乗り越えようと試みる。

 手の平の汗が凄い。こんな危機でも涙が流せる自分を少し褒めてやりたい気分だ。

 そんな俺の内心をよそに、目の前の大男はズボンから銃を抜く。

 鈍い輝きを放つその銃口は米軍やらが使う最新型とは全く違う、この国特有のものだった。

「アメ公は信用できねぇ。銃も、それに国そのものも、だ」

 銃口が、一瞬まばゆく光り、傍にいた女が悲鳴をあげる。

 弾丸はドアの脇に着弾したらしい。俺は当然顔を動かす事ができなかった。

「中々肝は据わってるみてぇだな」

 どす黒い瞳と殺意が向けられる。今度は本気で当てにきやがるな……

「死ね。アメ公が」

「バーカ。簡単にくたばってやるとでも思ったかよ」

 一瞬、面食らった顔になるソイツに背を向け、ドアを蹴り破る!

 同時に俺は部屋の表に向かって飛び出した。

 頭上を弾丸が掠めていくがはっきりわかる。あの野郎! せめて何か言ってから撃て!

 そのまま転げ落ちるように階段をくだり、先のあの部屋に戻ってきた。

「――洒落になんねぇぞ、チクショウがッ!」

 やはりドアを蹴破った俺の前に立ち塞がったのは小銃やら、拳銃やらで武装した黒服たちだった。

 銃口が火を噴く直前に体勢を低くしてカウンターの影に隠れる。

 はっと顔を上げるとそこには黒服。

「――っ!? 死ね、コr」

 足を払って顔面に金的に拳を叩き込む! ココばっかりは男ならどうにもならない。悶絶するそいつを前のめりにさせて首筋に一撃を叩き込むと、今度は拳銃 をぶんどる。

 意外とあっけなく男は昏倒したようだった。

 無駄に彩峰やらヴィーやらにボコボコにされてたわけじゃないわけさ!

 とか言おうと思ったら銃声が響き、カウンターに無数の弾丸が叩き込まれていくのを感じる。 

 同時にそこかしこであがる悲鳴。

 ――こりゃ、まずい。

 黒服の持ってたのはコルトパイソンの8インチ。

 外見とかは渋くて好きなんだが、こういう乱戦だと装弾数6発は心もとないことこの上ない。

「――参ったね、こりゃあなんとも」

 思わず文句も垂れたくならぁな。

 とりあえず神に祈ってもどうしようもないことを知ってるから、まりもさんに祈る。銃撃が止んだ。

 一度深呼吸してからさっと頭を出す。

 ぞわ、と背筋に走る悪寒。

 俺が頭を引っ込めたのとほぼ同時にまた銃撃が始まった。

 うわー、こりゃぁ出られんぞ……

「出てこいや!」「ぶっ殺してやる!」「ええ度胸やないかァ!」 

 怒声が響く。

 あー……参った。さっきからそればっかだが、本当に参った。

 とにもかくにもここから脱出する為だ。もう一度俺は芝居を打つ。

「オーケー! ちょっと待ってくれ! 俺は別に殺し合いをしにきたわけじゃねぇんだって!」

 抵抗の意思が無いところをどうやって示そうかと思案しながら俺は言葉を続ける。 

「ちっとおふざけしただけだって! 信じてくれよ、兄弟!」

 とりあえず銃声は聞こえない。

「い、いまから立つけどよ。撃たないでくれぇ」

 情けなさを前面に押しつつ、俺はゆっくり立ち上がろうとした。 

 問答無用で撃ってくる連中。

 奴らに平和的解決とかそういった類の言葉は存在しないようだ。 

「チクショー! 人の話聞けって……ッ!?」

 脳髄を冷たい刃物で突き刺されるような感触。

 俺がいままで生きてこれた理由の一つが、俺に訴えかけてくる。

「逃げろッ! BETAが来るぞ!!」

 さすがにこの感じだともはやふざけてられる余裕なんて無い。

 笑いこける黒服たちと反対に、俺の脳はフルに動く。

 どうする!? 今から逃げるのか!? 駄目だ、蜂の巣になっちまう!

 思わずツメを噛んだ俺の耳に、更なるバッドニュースが飛び込んできた。

「べ、BETAだ! BETAが出やがった!」

 それを聞いて混乱する連中を尻目に、俺はただ自分のツキの無さにツメを噛むしかできなかった。





第十三話へ戻 る

第十五話へ進む




SS選択へ戻る

TOPへ 戻る