しょりしょりとジャガモドキを剥きながら俺と、素敵に薄着になったまりもさんは向かい合っている。

 下手をすればお互いの息がかかるほどの距離に否応無く俺の心は高ぶった。顔にはいつの間にか汗が浮き出ている。

 まぁ、ジャケットを顔に巻いてるからしょうがないんだが。

 ついでに言えば、少しばかりまりもさんの身体から不機嫌オーラが出ているからでもある。

「……まぁ、私の事が気に入らなかったっていうのなら仕方が無いんだけどね」

 ショリ、ショリとジャガモドキを剥きながらまりもさんは話を続ける。

 少しおっかないってばさ。

「言うに事欠いてある男は私に“はっ倒す”なんて言うのよ。どう思う? ジャガマン」

 最後のジャガマンに、やけにアクセントが置かれていた。

 明らかにジャガマンを敵視なさっておいでである!

 このジャガモドキを剥く事に命をかけた孤高のヒーロー、ジャガマンを!!

「エット、ソレハキニシナイデイイトオモウヨ!」

 よし。ジャガマンの好フォロー。

 いいぞジャガマン。頑張れジャガマン!

「そうなのかしら? ずっと寝ている彼の隣で、心配して汗を拭ってあげたりとかしてたんだけどね」

 俺よ。何故その汗を拭ってくれている時に起きなかったんだ。

 きっとその時はまだまりもさん聖女の微笑をたたえていたはずなのに!

「キット、凄ク感謝シテル。ダカラアマリ怒ルヨクナイ」

 必死だジャガマン。

 俺の為に誤解を解くんだジャガマン! むしろ俺。

「タダ、チョト寝覚メガワルカタ。マリモサン悪クナイ。悪イ俺。ジャナイ、ソイツ」

 ジャガモドキを剥く手を休め、ジャガマンは俺の本心をゆっくり語る。

「ソイツ、イツモ馬鹿言テルケド、本当ニマリモサン大切。ジャガマン嘘言ワナイ」

 ちらっとまりもさんの顔を見ると、少しだけ頬が赤らんでいる。

 まずい。そんな顔をされたら心が折れてしまうではないですかまりもさん。

 普段強さを前面に押し出してるまりもさんがああいう顔をすると、なんとも言えねぇ。

 抱きつきたい衝動をぐっと抑えつつ、まりもさんの手をそっと握る。

「マリモサン。実ハ俺……まりもさんの事が好クェ!?」

 突然顔に巻いたジャケットが引っ張られ、気道がキュッと締まる。

 ついでに唯一開いていたジャケットの目穴も完全に塞がってしまった。

 暗闇と最高の息苦しさが俺を襲う。

 必死で手足をばたつかせ、抵抗を試みる俺だったが、右手がなにやら柔らかい物に触れた事で我に返った。

「あら、大きいほうがいいみたいよ。良かったわねまりも」

 ま、魔女が! 魔女がいる!!

 柔らかいのが心地いいからふにふにするけどこの声は間違いなく魔女だよ!

 わー、でも柔らかくて手福だよ。手福ってなんだよ。まぁいいやえへへへへへ。

「いい加減にしておかないと後が恐いんじゃない? まぁ、あんたがそれでいいなら別にいいけど」 

 さふいへば、俺のまゑには、まりもさん(季語なし)

 ジャケットが解放され、重力によってそれが元の位置に戻っていき、視界が開けると……

 にっこりと。けれども青筋を浮かべているまりもさんの顔がそこにあった。

「……随分、副指令の胸が気に入ったみたいね? ジャ・ガ・マ・ン」

 全身から強烈な殺気を燃え上がらせているまりもさん。

 今こそこの俺の持ち得る最高のスキルでコレを迎え撃て!!

「い、いや……ジャガマンはまりもさんの胸が素晴らしいと思います!」

 無言のまま放たれたまりもパンチ。ジャガモドキを粉砕し、俺に炸裂した戦女神の鉄槌はほのかにまりもさんの香り。

 でもさ、まりもさん。――さすがに痛い。

 頭も、心も。

 

 台風、というのがこの国にはある。それはまぁ南の暑い地方で何とか低気圧とかいうのが、出来てそれがこの国にやって来るものなんだが、とにかく風と雨が 強い。

 というかまぁ、自然災害だな。これが来ちまうと人間は震える以外何も出来ない。

 BETAと一緒に来られるとそれはそれは面倒なヤツだ。

 何が言いたいかって、さっきのまりもさんはまさに台風。吹き荒れる突風(拳骨)に耐えられるわけもなく、俺は吹き飛ばされた家というかなんというか。 

「これだからまりもをからかうのは止められないのよね」

 そして俺にとってはある種BETAよりもタチが悪い人物が俺の背後で笑っている。

 艶やかな髪を肩まで伸ばし、軍服の上から白衣を羽織った……その、すこぶる良い体つきのイイ女なんだが。

 性格が何ていうか悪魔的というかなんというか……うん。

 そんなこんなで、頭が上がらない人筆頭。香月夕呼副指令だ。

「勘弁して欲しいっすね。あんたがまりもさんからかう度に俺ァ酷い目にあうんすから」

 殴られた所を擦りながら俺は夕呼さんに愚痴る。

「あら、そうは言いつつもまりもと触れ合えて幸せそうよ?」

「勘弁してください。まりもさんと触れ合うならもっとロマンティックに触れ合いたいもんです」

 思わず本音がポロリ。

「意外とロマンチストね」

 そんな怖い笑顔で言われても嬉しくないですってば。

 ……そういえば俺、この人に呼び出し受けてたんだっけか。

 しかし、今度はなんだ?

 単身ハイヴに潜れとかだったら泣くぞ。否、むしろ逃げる。

「ところで……なんの意味もなくあんたがPX来るとは思えないんですが……もしかして俺、探されてました?」

 と、言うよりも多分十中八九そうだろう。

 しかし、そう考えると今回俺に与えられた“別任務”とはどうやら急ぎの物のようだ。

「だからこの時間に私はここにいるんじゃない」

 さも“何をいってるんだか”という顔で簡潔に答える夕呼さん。

 いや、そんな顔されても俺は人の心が読めるわけじゃあーりません。

「オッサンが何も言ってなかったからてっきり今日中に行けば良いのかと」

 そうだ。全部オッサンが悪い。はずだ。多分。

「少佐も真面目すぎるのよね。まぁ、だからこそ信頼できるんだけど」

 目を瞑り、何やら考えている。

 まずい。夕呼さんが思案モードに入ったら暫く帰って来ないぞ。

「あー、用件の方聞かせてもらってかまいませんか?」

「ああ。薬よ」

 鬱陶しそうに手を振って、夕呼さんはさらっと言う。

 待ってくれ。新薬の実験だけは二度と御免だ。

「嫌っすよ? またまだら模様になるのは……」

 あれは酷かった。

 “衛士の体力を限界以上に高める薬”

 ちょっと甘いシロップみたいなヤツで、確かに疲れ知らずだった。数時間だけ。

 それは良かったんだが……副作用で身体が何故か知らないが肌色と紫? っぽい色のまだら模様になったんだよなぁ。

 そのせいでしばらく隊の連中には笑われるし、ミッチー達にすら笑われて、もう、さんざんだった。

「実験じゃないわ。それに、今回は薬じゃなくて麻薬よ」

 って言うよりそんな事ここで言っていいのか?

 むしろ俺をヤク漬けにしてどうするつもりですかこの人は。

 アレですか? 薬で俺を縛るつもりですね?

「変な顔してるから言っておくけど……まぁ、いいわ。とりあえず今から私の部屋に行くわよ」

 言うが早いか、さっさと歩き出す夕呼さん。

 はぁ。またまりもさんに謝る機会を逸脱したなぁ。

「大尉! また皮むき頼むよ!」

 おばちゃん。ホントに鬼畜ね?



 *******************



 “それ”を見せられて、俺は愕然とした。 

「なん、だよ。これ」

 いくつもの写真。

 それに写っているのは、目を真っ赤にし、顔面蒼白となった兵士達だった。

 それだけならもしかすると俺は戦場で見ているかもしれない。

 けど、写真に写された連中は違う。その目からは正気とか理性とか、そういったものが一切失われている。

 確かに昔、知ってるやつが麻薬に手を出した事はあった。しかし、これほど“異常”でなかったのは間違いない。

「彼等が言うには、薬の名前はヴェーヌスだそうよ。中毒性、依存性共に従来の物を凌駕してるわ」 

 そう言って、マッチの箱程の薄っぺらい小さなケースを取り出す。

「コレが現物ね。この量で2万だそうよ」

 麻薬の値段なんて当然俺は知らない。が、夕呼さんが何の調べもなくこんな事を言うのだ。

 恐らく破格の値段なんだろう。

「これが最近、ウチに出回ってるみたいなの。司令も頭を抱えてるし、何より」

 少し間を空けて夕呼さんは続けた。

「――あの、まりもがコレを持ってたのよ」

 一瞬、俺の頭の中が真っ白になった。





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