――20時10分 射撃場脇、雑木林前――



 現在順位に変動はなし。

 珠瀬ペアは既に雑木林の中に突入したのを確認した。

 ついでに今のところ俺らは三位になってる。 
 
 御剣の奴がまさか一発で決めるなんてな。俺驚きさね。

 こっちは柏木が俺を冷たい目で見つつもきっちり三発で決めてみせた。さすがスナイパー候補生。
 
「きょーかん。変な目で見ないでくださいね」

 ただお互いの信頼関係に若干のヒビあり。

 整備班、急いで補強して!

 でないと俺が辛いから……精神的に。

 榊ペアは狙撃銃でジャムるという奇跡を起こして現在最下位。

 こっちを睨みつけながらも分解を諦めたのか、エリーから新しい狙撃銃を受け取っている。

「きょーかん! 前!」

 くるりと律儀に振り返ってしまった俺の顔面に、結構太い枝がクリーンヒットした!

 鼻の奥にツーンとしたようなあの感じが広がる。

「ぶ、ぶぁぁ! い、痛って、うお、なんか刺さって」

「きょーかん! 足元……ああ、もう!」

 ぐい、と柏木に抱き寄せられる。あ、俺ちょっとドキドキ。

「お、おい、柏木。その、困るぞ。俺にはまりもさんという心に決めた」

 がっしと頭をつかまれ、そのまま逆方向にねじられる。

 ぐき、というかゴキ、というかなんというか。

 そう。骨が折れるのに似た音が聞こえた気がする。

 いや、折れてない?

「そ・れ。……多分トラップですよね? 気をつけなきゃ駄目ですよ」

 うん。多分トラップだよね?

 でもね。そんな事より首に力入らないし呼吸できないんだけど?

 明らかにここまでやる必要ないよね?

「ちょ、ちょっときょーかん! 手になんかネッチョリしたのがついたんですけど!」

 ぱっと柏木の手から解放される俺の頭。もとい首。

 ぐりん、と元の位置に戻った俺の顔を見て、柏木は悲鳴をあげる。

「うわ、あのネッチョリした汁は涎だったんですね!?」

 そういいながら涎を“ばっちぃー”と言う位の勢いで木に擦り付ける柏木。

 いや、それよりもまず何か他にあるだろ?

 この生気のない目とか。

 へんな角度に曲がった首とか。

「あ! それよりアレが“たからもの”じゃないですか!?」

 いや、あのさ……うん。何も言うまい。

 もう君の目はお宝に向いてるもんね?

 駆け出した柏木に必死についていくしか俺はできなかった。



 御剣ペアもお宝を発見したのだろう。

 上手い具合に俺達は鉢合わせになった。

 僅かな沈黙の後、相変わらず首が変な方向に曲がったままの俺は奇声をあげながら張り手に似た一撃を放つ!

 素晴らしい反応を見せ、俺の手を見事に避わす御剣。

「くっ、教官殿、一体何を!?」

「く、くけ、くけけけけ……お前、乳、俺、揉む!」 

 ワキワキとマニピュレーター(手)を動かす俺。

 本格的に防御を固める御剣と涼宮。

 その顔にはありありと色々なものが浮かんでいる。

 基本嫌悪、あとは疑惑?

「う、うわー。きょーかんのおっぱいびょうがー」

 上手い事柏木は乗ってくれた? ようだった。

 ここは、俺、乗る。時代の風、感じる!

 ぐおッと柏木に向かって手を伸ばす!

 迎撃の右拳が俺の顔面を捉える!!

 ごきゃ、という音と共に元に戻った俺の首。

「お、俺は一体……?」

 なんだか清々しい気分だよまりもさん。

 俺、何か悪い夢でも見ていたみたいだ。

「さ、柏木。御剣達に負けるわけにはいかない。行くぞ」

 何を不思議そうな顔をしているんだ?

「まだ、この作戦は終了していない。気を抜くな」

 弛んでいるな。そういった弛みが隊を滅ぼす事もあるというのに゛ッ

「す、涼宮! い、いきなりはいくらなんでも……!」

「大丈夫。いざとなったら記憶が残らない位になるまで叩くから」

「あ、茜ー。やるならあたしも手伝うよ」

 ウヌゥ、俺は一体どうしたんだ?

 なんか無性に痛い事があった気がするぜ?

 ふぅ、とため息をついた俺に突然襲い来る拳の弾丸。

「な、なにするだァーーーーッ!」

 なす術なく全弾被弾。

 顔面を防御しつつ俺は威厳たっぷりに叫ぶ!

「いいパンチだッ! だが、俺は叩かれて気持ちよくなれる性癖は持っていないからできれば攻撃をやめたまえッ!」

 チッ、とどちらがやったかはわからないが舌打ちの音。

「教官の顔に毒蛾が止まってたんですよ」

 涼宮。俺、お前になにか悪い事したか?

 明らかにお前レバーを狙ってただろう?

 柏木。笑って誤魔化すな。

 

「と、とりあえず今は休戦しましょう。アレを取らない事には始まりません」

 さすがだ御剣。冷静だぞ。

「でも、さ。アレから取るんでしょ?」

 凄く嫌そうな涼宮。まぁ、そうだな。

 正直俺もアレに近づくのは嫌だ。

「きょーかん。何とかしてくださいよ……」

 そうは言うがな、柏木。

 アブドミナル・アンド・サイ(腹筋と足を強調するポーズ)の姿勢でにこやかに微笑む筋肉バカには俺も近づきたくない。

 しかもなんで雑木林でパンツ一丁なんだ。

 っていうかずっとあの姿勢で待機してたのかあのバカは。

「とりあえず……状況をよく確認したほうがいいんじゃない?」

 そう言ったのは柏木だ。

 頭の切り替え速度は恐らくトップクラスなんだろう。切り替えが早いというか……

 それならむしろさっき俺を殴ったことを詫びてほしい。

「どうやら……さっきの誰かの悲鳴のせいでしっかりこっちに気付いてるみたいですね」

 悲鳴をあげさせたのはお前だろうと言おうとしてやめた。

 コイツ、水月と同じ匂いがするぜ。

 下手に突くのはやばい。

 攻めあえぐ俺たちに、衝撃が走る。

 草影から何か……ぴょこんと見えているのだ。

「あれは……珠瀬か……!?」

 恐らく珠瀬の後ろ毛が隠れきれずに出てしまっているんだろう。

 草陰から出ているところが時折ひょこひょこと揺れている。

 あいつらもあいつらなりに出方を相談しているようだ。

「それより、何かで知らせた方がいいんじゃないですか?」

 そうだな。そうしたほうが良さそ――

 ガサっと珠瀬、鎧衣コンビが草陰から飛び出す!

 強襲か!

「上手い! タイミングはばっちりね!」

 涼宮。たしかにタイミングはバッチリだ。でもな……



 ******************************************珠瀬壬姫 *************************************



 どうしよう、このままじゃ時間だけが過ぎてくよ……

 うろたえる私に鎧衣さんはこっそりと耳打ちをしてくれました。

「いま、教官の悲鳴の方にあのマッチョさんは意識がいってるから……このタイミングで体当たりすれば、もしかすると……」

 倒せるかもしれない。と鎧衣さんは静かに付け足します。

 そうだ。ここで上手くいけば……他の皆が少し楽になるかもしれない。

 ぎゅっと手を握って私は頷きました。

 鎧衣さんも、こくりと頷いてます。

 3

 静かにカウントを鎧衣さんが数え始めました。

 2

 ごく、と一度息を呑みます。

 1

 落ち着いて、絶対大丈夫……

 0!

 地面を蹴って、私達は駆け出しました。

 筋肉の人は気がついていないのか後ろをむいたまま。

 これなら、これなら大丈夫!!

 鎧衣さんの合図で鎧衣さんと肩を組んで、私達は筋肉さん目掛けて飛びました。

 どしん! と筋肉さんの背中にぶつかります!

 けど、倒れるはずだった筋肉さんは倒れずに、私達の方が地面に落ちてしまいました。

 くるり、と振り返って私たちを筋肉さんが笑顔で見下ろします。

 その笑顔が―― 

「やぁ。可愛らしいお嬢さん。俺の筋肉を見にきたのかい?」

 月光に照らされて――

「じゃあ、特等席で俺の大胸筋を鑑賞させてあげよう――」

 ひどく、気持ちが悪かったです。

「壬姫さん! 早く! 早くたって! う、うわぁ」

 鎧衣さんが、捕まって、私も――



「や、やだぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁああぁぁぁ!!」
「ぎ、ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」



 ********************************ケヴィン・ウォーケン・黒澤 *********************************



「や、やだぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁああぁぁぁ!!」
「ぎ、ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 二人の悲鳴が木霊する。

 小さな二つの身体から伸びた手と足がパタパタともがいていたが……やがて静かになる。

 こっちからじゃ確認できないが、多分二人はもう――

 立ち上がろうとする御剣を俺は片手で押さえる。

「きょ、教官殿! 二人を助けに……!」

「……あいつらはもう駄目だ。奴のバストアタックにかかったら……もう……」

 俺も昔食らったことがある。

 あれは……言葉に喩えるなら地獄。

 顔面に汗がまとわりつき、鼻腔を直撃する漢臭。

 逃れようとしても逃れられぬ豪腕。

 俺ですら三日近く欝になったというに。まさか嫁入り前の娘にするとは……許すまじ。

「……二人の敵討ちだ。筋肉達磨に地獄見せてやるぞ」

 こくりと無言で頷く御剣、涼宮ペア。

 柏木も……おお、珍しく協力的だ。

 ――その光景がなければ。

 
 
 がさり、と奴の傍の草むらが音を立てる。

 そこから出てきたのは無防備な佐藤……じゃない。築地!

 明らかに目の前の異生物を目の前に硬直している。

 ゆっくりと歩み寄るアーノルド。

 そして……何を思ったのか突然目の前でスクワットをし始めた。

 何度かやって、築地に何か二三言はなしかけると……

 今度は築地も何故かスクワットを始める。

 泣きそうだ。泣くな築地。

「……ホントにあの異世界に飛び込むんですか?」

 明らかに躊躇する涼宮の言葉に俺は、何も言えずに頷くことしかできなかった。




 ――20時23分 第二チェックポイント――




 珠瀬・鎧衣ペア――アーノルド・ランデルマン中尉のバストアタックによって作戦続行不可能状態に。

 特別審査員・築地智香――アーノルド・ランデルマン中尉に拿捕。後スクワット地獄へ。





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