「まー、俺に対して言いたい事もあるかもしれねぇなぁ」
 ペンを口に咥えながら頭をかく。 
 どんどんと教室に暗雲が立ち込める。
 発生源は当然怒りのオーラをびりびり放つ御剣。
 許可さえ下りれば俺に飛び掛ってきそうな勢いだ。
 いやぁ、そんな目で見られたら子供泣くぞ? 俺も泣きそうだ。
「いいぜ。今から身分出身関係ナシで質問タイムだ」
 しーんと静まる教室。
 御剣は相変わらず顔色こそ変わってないが怒りのオーラを放っている。
 さっと鎧衣の手が挙がった。
 俺は鎧衣の言葉を待つ。
「あの、教官は何人なんですか?」
 お前最高だ。今までしらんかったのか。
 苦笑しながら俺は答える。
「俺ぁ日本とアメリカのハーフだ。親父がアメリカ、お袋が日本だな。つってもガキの頃に色々あって日本に来たお陰で殆ど日本人と一緒だがな」
 っていうか鎧衣よ。
 今そんな事を聞くということはお前本当に俺に興味を持ってなかったんだな。
 さり気なく泣きたくなって俺は天井を見る。
 ちくしょう、天井が歪んで見えるぜ。
「教官殿。……できれば教官殿のお考えを聞かせていただけませんか?」
 最後の希望を見出そうとする御剣の声。
 参ったなー。ここでネタ晴らしでもいいんだけどなー。
 問題の二人がいなけりゃどうしようも無いしな。
 腕を組んで少し考えていると、ガラッと戸が開け放たれた。
「お……? おお、榊か。随分遅かったな……で? ロメオ中佐は何の御用で?」 
 榊が戻ってきたのも予定外だったんだがあのボケを連れて来たのはもっと予定外だ。
 さて、何言ってくるのかね? ま、何となく昨日のまりもさんの話から考えて想像がつかないでもないけどな。
「ケヴィン大尉。君は本当にどうしようもないな。優秀な彼女達が哀れになってしまうよ」 
 うーん。教科書どおりの皮肉ご苦労さん。
 なんにせよ芸のない奴だ。あ、俺もか。
「ケヴィン教官。貴方の事を全てロメオ中佐に報告させていただきました」
 鬼の首を取ったような顔をする榊。
 いやらしく笑うボケ。
 あー、この二人はなんかアレだな。気が合う……のか?
「榊君から全て聞かせてもらったよ。全く。君のような男が彼女たちの教官になるなんて信じられないね」
 くぁー! その“やれやれ”みたいな動き止めろ! 後ろから狙い撃ちにするぞコノヤロウ!
「まぁ、君は訓練校時代から問題児だったからねぇ。そんな君が教官だなんてねぇ」
 そう言うと俺を見下すように見やってボケは続けた。
「明日からは彼女たちの面倒はこのロメオ・ジョシュア中佐が見ることになるだろう。つまり、君はもう用済みなんだよ」
 おいおいおい。なんだそりゃあ。
 それよりもよくあの人が許したな。
 ま、それならそれでいいんだが。 
 またいつもの生活に戻るだけだしな。
 うお、いかんいかん。いつの間にか気分が沈んでたみたいだな。
 気持ちを切り替えよう。なんだかんだ言っても、最終的にこいつらが生き延びれるようならそれでいいじゃない。
 よっしゃ。それで行こう。納得はできないんだが。
「……了解。んじゃ、今日が俺がお前らにできる最後の授業だな」
 御剣は相変わらず何か言いたそうにしてるが今はとりあえず置いておこう。
 とりあえず俺は今俺に出切る事をやる。
 ん。それでいいだろう。それでこいつらが何か学んでくれれば重畳。
 
「とりあえず榊、お前も席に着け」
「お断りします元教官」
 うわ、早っ。しかもそんな能面みたいな顔で言わないでくれよ。
 諦めずに俺は食い下がる。
「まぁ、そう言うなよ。今日で最後になるんだろ? んなら我慢しろ」
 教壇を迂回して戸の方に歩いていき、問答無用で榊の手を取る。
 うわ、凄い抵抗されてるぞ。お父さんショックー!
 無理矢理ずりずりと榊を引き摺って席に着かせる。
 いやーな顔してんなぁ。
 さて、と。あーとーはー……
「珠瀬。彩峰の奴がどこ行ったか知ってるか?」
 *************
 ガガガと重々しい音を立てて少しさび付いたドアを開け放つ。
 どこまでも青い空。頬を撫でるぬくい風。そして無茶苦茶不機嫌そうな彩峰。
 いいねぇ。シチュエーション最悪。
「おーう。お前サボタージュとはいい度胸だなぁ」
 笑いながら彩峰の方に向かうと俺の後ろから他の面々もゾロゾロと続く。
 勿論榊と、心外ながらあのボケも一緒だ。
「……何?」
 ま、これで一応全員集まった訳だ。 
 後、俺がこいつらにできること。それをやろう。
 ま、さっきからずっと考えてる事なんだけどな。
 これが中々難しい。
「決まってんだろ? お前を探しに来たんだよ」
 怪訝そうな顔で俺を見る彩峰。
 そしてその顔がどんどんと“どうでもいいからどこかへ行け”という顔に変わっていく。
 うむ。榊とはまた違った角度からジワジワくるな。
「ったく、ちったぁこれから去り行く愛しの教官の為に愛想良くしてもいいだろう」
 一呼吸おいて俺はとりあえず今思いついた作戦? を実行に移す事にした。
 名づけてさようならケヴィン教官! 私たちロメオ中佐のしごきの元優しかった貴方を偲びます作戦。
 うわ、長い上に正直タイトル関係ないしな。
「さて、俺の最後の授業になるわけだが――」
 ガシガシと頭をかきながら教え子達を見る。
 はぁ。因果なもんだな。いや、当初の目的としては嫌われるのが目的だったんだが……
 
 まだ微妙に俺を信じてる目なんか向けられるとホントになぁ。
「最後の授業は……わくわく二人三脚ふぉーヘルだ」
「じゃあ、失礼します」
「……じゃ」
 くっ、やっぱ榊&彩峰はこんなんじゃダメか?
 御剣は怒り通り越して不思議そうな顔してるし。
 珠瀬と鎧衣はぽかーんとしてるし。
 でもここで諦めるわけにはいかん。
「そうか。お前らは俺に負けるのが怖いと見える」
  
 ぴく、と止まる榊&彩峰。
「いや〜、そりゃあそうだよなぁ。何せさーんざん馬鹿にしてたこの俺様に負けちまったらこっぱずかしくて。いいんだぜぇ? “偉大な教官様! ワタクシ達
が間違っておりました、申し訳ありません! っつって土下座すりゃあ俺様、心広いから許してやっちまうかもな〜」
 ゆっくりと振り返る二人。
 榊の眼鏡が怪しく煌く。
 眠たそうな雰囲気が吹っ飛んだ彩峰の目が肉食獣のそれになった気がした。
「面白いですね……」
「……その喧嘩、勝った」
 いよし、釣れた。釣れたはいいが……
 これは危険なんじゃないかね?
「……面白そうですね。喜んで参加させていただきます」
 う、御剣にはばれた気がしないでもないな。
 そうでないなら筋金入りのお人よしか……
 考えがそこに至ったのか御剣は珠瀬、鎧衣の方に向き直る。
「あ、あの、ボクも参加します!」
 二人も何かを察したのか御剣に賛同しているし。
「わ、私も参加します!」
 とりあえず、第一関門突破だな。 
 あとは……準備か。
 そこら辺はあいつらにも手伝わせよう。
「よっしゃ。全員の参加が決定したところで……スタートはヒトハチマルマルで校庭に集合だ。そこで詳しいルールだのなんだのを説明する」
 ビリビリとした空気が屋上を支配する。
「ま、とりあえず今は解散だ。お前ら遅れて来るなよ〜。あ、あと当然来なかった奴は生涯俺に負け犬呼ばわりされるもんだと思ってくれ」
 手をひらひらと振りながら俺は屋上を出る。
 さて、十時間ちょいでどこまで出切っかなぁ。
 ************* 
「で、色々とやってほしいわけなんだが」
「へぇ、面白そうじゃねえの! そういうのなら大歓迎だもんよ!」
 PXでまずはエディを発見し、勧誘に成功する。
 こいつは基本的にヴァカだからな! 面白そうな事を餌にすれば簡単に釣れる。
 さて、次は……
「へぇ。フンッ! なかなか、フンッ! 面白そう、フンッ! じゃないか」
 興味を示してくれたのはありがたい。でもな。お前それ何キロだよ。
 小柄な成人女性くらいの大きさのバーベルを簡単にリフトするな。人として、頼むから。
「ああ。んで、乗るか?」
 考えるまでもなくアーノルドは笑顔で答える。
「勿論だ。俺でよければ力になるよ。……ところで、大円筋の辺りを意識してやってみたんだが、ちゃんと切れてるか?」
「ああ。バッチリだ兄弟」
 良く内容はわからんがとりあえず肯定してやるのが吉だろう。
 残念ながらお前の筋肉のよさは俺にはわからんようだが。
「なぁ、エリー頼むよ。この通りだ!」
 こういう時に意外と難攻不落なのは実は一番話のわかりそうなコイツだったりする。 
 とことん真面目な奴だからなぁ。
「でもねぇ。一応そこそこ人の上に立つ身としては少し身の振りを考えたほうがいいでしょう?」
 軍規はその為にあるんだから、とエリーは静かに付け足す。
 参った。これはとてつもなく巨大な敵に出会ってしまったんじゃないんだろうか?
 増援も……そんなに期待できないし、参ったね。
「そこをなんとか頼む! お前の腕が必要なんだ!」
 思いっきり頭を下げる。
 顔を上げると苦笑いしているエリーの顔があった。
 強烈な一撃。
「バカヤロー! そんな面白そうな事なんでアタシに真っ先に言わないんだよ!」
 うかつだった。まさかエリーがそのままメスゴリラも口説いてくれるほどの働きを見せるとは思わなんだ。
 コイツは基本的に自分が一番! でないと納得できないタチらしく、こうい、う、事は、ま、っさきに
「ヴィー、勘弁してやってくれ。ケヴィンもお前に真っ先に伝えようとしてたんだぞ?」
 ナイスフォローだが……遅いよ。口説いたときに言っておいてくれよ……
 
 ************* 
 現在時刻17:25
「おっしゃ、準備終わったみたいだな」
 そこには一応フル装備の元同僚達。
 手には訓練用のライフル。実弾は入ってないんだが。
「しかし、あんなんしていいのか? 一応やるのは訓練兵だろ?」
 いいところに気付いたなエセラテンヒート。
「ふ、だからこそいいんじゃないか」
 俺はニヤリ、と笑う。
――わくわく二人三脚ふぉーヘルまで、あと35分