「おっしゃ! 御剣かかって来い!」

 いつものように武器格闘の訓練。一見俺は教官だから有利なように見えて

「“ばき”痛っ、“べき”痛っ、“ぼこ”痛っ! ちょ、ちょっと待て! おま、お前本気だろ!? 本気なんだな!?」

 無茶苦茶不利だったりする。そりゃあ、俺人間ですから。音速を越えてるような太刀筋なんか見えませんとも。

 数分も経たない内にボコボコにされる俺。

 B分隊に激を飛ばしながらも手で目頭を押さえてため息をつくまりもさんが視界の隅に見えた。

「……教官殿ッ! いい加減本気で立ち会ってくださいッ!」

 それは今しがた本気でやってボコボコにされた俺はどうしろと?

 御剣よ時に誠意ある言葉は思わぬ凶器と化すことを覚えておきなさい?

 御剣に向かってサムズアップしながらスマイル。

 いや、お前の怒りももっともなんだがこれが俺の体力の限界だ。

「げ、げふ……つ、次! 彩峰!」

 く、くくく……今日こそヒィヒィ言わせてやるぜ! 覚悟しろやぁ!!

 一気に間合いを詰めて右のストレートッ! きまりゃ一発お陀仏さ!

「……きゅぴーん」

 シュパっと彩峰が反転。

 次の瞬間俺の側頭部に叩き込まれたバックハンドブロー。

 耳が! 耳鳴りが!!

 その直後俺の伸びきった腕を掴んだ彩峰はそのまま倒れこむように腕ひしぎ十字固めに移行する!

 いいね! その迷いのなさ!

 でもちょっとは手加減シテヨ! 折れちゃうヨ!

「ホァァァ! ギブ! ギブ!」

 ばたばたする俺を見つめる榊の眼が冷たい。

 ああ、珠瀬。そんな眼で俺を見ないでおくれ。そして鎧衣、興味はもはや俺よりB分隊ですか。

 ようやっと解放される俺の腕。

 あー、でも考えようによっちゃああのけしからん乳に挟まれた俺の腕は幸せと――

「いい加減にしてください! こんなのじゃ教官に足を引っ張られているとしか思えません!」

 うお、榊大爆発。

 真っ赤になって怒る榊が俺に詰め寄る。その眼からは憎悪というよりもう殺意に化けつつあるし。

 お父さんショック!

「止めよ榊! ……確かに、教官殿のこれまでの実力は……目も当てられぬ物かも知れぬ。だがそれも……何か教官殿の考えあっての事なのだろう」

 そう言いつつも納得行かない顔の御剣。

 まぁなぁ。ついさっき俺に食って掛かったくらいだから御剣も腹が立つのは当然だろう。

 と、言ってもしょうがないじゃないか。

「ふ、仕方が無い。そろそろ本当の事を話そう」

 ぼろ雑巾みたいになった俺はゆらりと立ち上がる。

 全身から何か不気味な気配を立ちのぼらせるくらいの勢いで。

 皆の視線が一斉に集まった。

「俺さ、訓練校時代から何やっても全然だめだったんだよねー! ヌハハハハ!」

 おお、鳩が豆鉄砲食ったような顔になってる。 

 そんなに驚くべき……事か。事が事だし。

 こいつらにしてみれば命を守る術を習ってる訳だし。

「……それは、本当ですか?」

 榊が俯きながらふるふる震えてる。

 参ったね。これはなんとも。 

「あー、怒った?」

 キッと顔を上げた榊が随分とオーバーモーションで左手を振り上げる。

 これぐらいならさすがの俺でも避けられるんだが――

「!?」

 あえて避けない。

 ベキっというかグシャっというかそんな感じの音が辺り一面に響く。

 うがぁ、痛ぇ! これでまた今晩連中が来て宴会とかになったら死ぬな!

「なんで、避けないんですか?」

 まっすぐに榊が見つめる。

 あー、二枚目になりたいね。

 ま、俺は二枚目なんかになれないことぐらいわかってるんだけど。

「いやー、俺なんか新しいカイカンに目覚めちゃったか」

 今度は何のためらいも無く右手がすっ飛んできた。

 榊が怒り心頭という様にドスドスとグラウンドから遠ざかる。

「榊! どこに行くのだ!」

 すぐに止める御剣を振り切って榊は校舎に消えていった。

 それを追いかけたのはなんというか以外にも鎧衣一人。

 御剣は校舎に消えた榊の後姿を目で追ったまま動かない。

「教官……大丈夫ですか?」

 優しいのはお前だけか珠瀬。

「……教官殿。先程の拳、いかに教官殿とは言え避けられたはずではないのですか?」

 御剣が背を向けたまま俺に言う。

 まぁ、見てればわかるか。

 利き腕じゃない方で殴ってきたのすら避わさなかったんだからな。

「酷い言い様だな。まさか本気で榊が殴るとは思わなかったんだよ」

 へらへら笑いながら俺は言う。

 御剣は一言“そう、ですか”と言うとやはり校舎に向かって歩き出した。

 ついに自分と彩峰しか残らなくなってしまった為かおろおろする珠瀬。

 俺は珠瀬の頭に手を置く。

「ほい、サンキュー。大分良くなったからお前も行っていいぞ」

 ビクッと一瞬からだがはねた。

 それから暫く俯いていた珠瀬だったが、ゆっくり顔を上げる。

「あの、教官。皆も、その、総合演習が近くなってきてるからピリピリしてるんだと思うんです」
 
「珠瀬はいい子だな〜。フォローサンキュー、後で飴ちゃんやるからな」

 そう言って俺は笑う。

 珠瀬は何回も俺に頭を下げながら校舎の中に消えていった。



 さて、残ったのは

「お前か彩峰」

 何故お前が残っているんだ天敵。

 じーっと俺の顔を見る。

「なんだ……悪いがお前の思いに答えてやることは出来んぞ?」

 うわ、露骨にどうでもいい顔しやがった。

「なんで気絶しないの?」

 む、なんだコイツ。

 意外と鋭いのか?

「ほら、俺タフだし」

 お、不機嫌そうな顔になったぞ。

「御剣の攻撃も、私の攻撃も致命傷を避けてる」

 おおお、いかん。

 なんだコレは。不思議娘パワーか?

「偶々だろ? っつーかそんな器用な芸当できてたら今頃お前らヒィヒィ言ってるぞ」

 俺の言葉を聞いた彩峰は暫く考え込んでいた。

 そして何度か俺の顔を見て

「……教官、役立たず」

 おい。役立たずって。

 そのまま彩峰は校舎を避けて射撃場の方へ消えていった。

 せめてチームワークぐらい考えようぜ?

 むしろチームワークを考えてくれ。


  *************



「……はぁ。いい加減真面目にやったらどうなの?」

 夜、まりもさんの部屋に呼ばれた俺は何気なくまりもさんの治療を受けている。

「真面目にもなにも……あいつら強すぎですよ。それよりまりもさ〜ん。傷口を舐めてほし、ギェァ!」

 痛ぇ!

 平手で俺の背中の傷をビターンと引っ叩くまりもさん。

 当然の如く俺は床をごろごろと転がった。

「マ、ママ、まりーもサン! 背中痛いの知ってるでしょウガー!」 

 なんだか言葉になりきっていない音をまりもさん華麗に無視。

 テキパキと救急箱の中にガーゼやら何やらをしまっていく。

 あー、新妻ってこんな感じなんだろうなウヘヘー、とか思ってる俺を真剣な表情でまりもさんは見つめてきた。

「あ、ちょっと待ってください。歯を磨いてきま」

 手が振り上げられたので俺はそれ以上言うのを止めた。

 今度はショック死するかも知れんからな。

「何を言ったのかは知らないけど、榊が陳情しに来たわよ? ……あなたを解任するよう掛け合ってくれって」

 酷い嫌われようだな。しかし軍曹レベルのやつに言って通じると思ったんだろうか……?

「ま、しょうがないっすね。嫌われ上等、蔑まれ上等ですよ」

 そういいながら俺は頬の剥がれ掛けたガーゼを指で直す。

 これ、はがれ易いんだよなぁ。

 お世辞にもまりもさん手当て上手いとは言えないし。

「……ふぅ。どうあっても真面目にやる気はないの?」

 それは心外だ。

 これでもダメはダメなりに色々考えているって事を教えてやらなければ。

「A分隊の弱点はチームワークにあると思うんですよ」

 いきなり俺は始める。

 お、まりもさんもさすがに面食らってるな。

「ただチームワークって“チームワーク良くしろー! 皆仲良くはっぴー☆”なんて言ったところで良くなるもんじゃないでしょ?」

 次の言葉をまりもさんは待ってくれてるみたいだな。

 よし。この際まりもさんには聞いてもらっちまうか。 

「んで、憎まれ役が必要かなーと。あ、手を抜いてる訳じゃないっすよ? 毎日毎日ボコボコにされてるし、そもそも本気になっても下手すっと勝てませんか ら。ならわざわざ勝ちに拘る必要もないし」 

 あ、やべ。これは手を抜いてることになんのか? 

 どうしたもんか。下手すっとまりもさんが爆発しかねん。

「あーっと、なんて言うのかな……“教官がダメならあたしたちで頑張るしかないわ! 千鶴負けないッ!”みたいなのを期待してるんですけどねー」

 そこから広がる友情の力!

 ああ、素晴らしきカナ青春パワー!

 ……まりもさん。呆れ顔だけは勘弁して。せめて怒って。

「……あなたが馬鹿なのは昔からだけど。それなら予め何か言っておくべきだったんじゃないの?」

「まさか。俺がそんなめんどくさい事する訳ないでしょ」

 これは本音……とも言えるし、同時に嘘とも言えるのか?

 微妙なところだな。

 ま、最後の最後でまりもさんが苦笑いでもしてくれたから良しとしよう。


  *************


 当然の如く昨晩も元同僚が俺の部屋へ詰め掛けた。

 全く、酷いもんだったな……

 口ん中血まみれの所に酒。

 新手の拷問かと言いたくなる様な内容だぞ?

 ま、今朝は珍しく二日酔いも無くとても良い目覚めなんだが。

 さて、と。教室の戸を大あくびしながらあける。

「ふぁぁぁぁぁ……おーっし。今日も楽しく座学する……ぞ?」

 教室にいたのは榊、彩峰の二人を除いた三人だけだった。

「……あの、おはようございます」

「おーう、珠瀬。元気ねーぞー?」

「お、おはようございます」 

「おう、鎧衣。珍しく普通な挨拶だな」

 さて、御剣は……釈然としない表情だな。

 まぁ当然か。

「おう、御剣。今日も美人だぞー」

 おお、なんていうか自分のダサさに俺脱帽。

 あの礼を重んじていたはずの御剣からも怒りのオーラが。

 しかも大発見だ。

 こいつ、怒ると

 ま り も さ ん よ っ か 怖 い か も し ん ね ぇ

 俺ピンチ。

 こいつらに大切な事を教える前に死ぬかもしれん。





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