「その、申し訳ありませんでした……今朝神宮司教官の言っておられた新しい教官だとは露とも知らず非礼の数々……」

 御剣が小さくなって俺に詫びる姿はなんだか胸に突き刺さる。

 ああ、そんな顔するな。もうお父ちゃん無条件で許しちゃうぞ〜。

「このような事態を招いたのは分隊長である自分の責任です」

 御剣とは違った張り詰めた空気を携えた大きな目がねをかけた三つ網の女の子。

 真面目一徹そうだなぁ。もし俺がこの訓練生達と同期だったら、きっと俺はこの子にチクチクされていたに違いない。

「ゴメン」

 彩峰。お前絶対謝る気ないだろ? いや、皆まで言うな。

 言えば俺が怒りとか悲しみとかで次のステップに進んでしまうやも知れん。

「け、慧さん。そ、その、もう少しちゃんと謝った方がいいよー……」

 うむ。君はとても良い子だ。ちょっと猫の耳っぽい髪型も似合ってるぞ? 後で合成キャンデーをあげよう。

 でもな。そういう事はもう少し強く言わなけりゃ意味が無いんだぞー?

「うーん、それにしても見事な拳の跡だよねー。ここまでしっかり跡残るのは珍しいよー」

 な、なんだそのプチ混沌発言は。普通ここは俺を労わるか彩峰を咎めるかそんな流れじゃないのかね?

 少女よショートカットはまぶしいが、君の考えが読めんよ!

「ケヴィン教官殿、その、私は言い逃れしません。ですがせめて彩峰だけでも不問にしていただけないでしょうか」

 御剣。お前は本当に仲間を守りたい意識が強いんだな。

 それは小隊としてとても重要な事だ。

「あの、どうか、どうか何かご返事を……」

 いや、だからさ。

「はふほほふひほははひほほへほはふほはひほーーーー!」

 まずこの口の中に詰められた布を何とかしてくれ! そろそろ死ぬぞ!!

 とりあえずツタでぐるぐる巻きにされた俺は僅かに動かせる足をフル稼働させてびちびちと悶える事にした。


*************


「あー、久し振りの酸素が旨いぜ……」

 ようやっと口の中に詰められた布の塊が表に出て俺の肺は元の機能を取り戻す。

 まさかここまで酸素なんていう普段当たり前の物が旨いとは思わなかったぜ。

「本当に、申し訳ありませんでした……」

 なんか御剣に謝られるとこっちが悪い事したような気がするなぁ。

「問題ねぇよ。むしろ謝るのはそこの……くらっ! お前どこに行く気だッ!」

 さり気なく戦域から離脱しようとしている彩峰に釘を刺す。

 そろそろと動いていた彩峰はぴたっと動きを止めて振り返る。

 なんだその嫌そうな顔は。むしろ今回の被害者は俺なんだと言いたい。

「ちょっと呼ばれた」

 ここに来てぬけぬけとそう言えるお前が凄いと思うよ。

「誰にだよ」

 少し考えた後、にやりと笑うと彩峰は右手をすーっと上げて“待った”のような感じで止める。

「教官曰く(ピー)なまりもさんに」

「待て。じっくり話し合おう」

 まずい。今この瞬間に完全に敵地になったよ。

 御剣は始め頭に? マークが浮かんでいたのだが、次第に顔が真っ赤になって頭から湯気が出ている。

 眼鏡の子は呆気に取られた表情をした後に般若の形相。

 猫の子はおろおろとしていたのがぴたっと止まり、ぎぎぎーと泣き出しそうな顔をこっちに向けて

「ねえねえ。(ピー)ってどういう意味?」

 おふっ、空気を読んでくれ……

「(ピー)っていうのは話せば少し長くなる」

 ダメだ! 少しばかり誤解を招いてでもここは何とか封じなければ! 

 俺の人格とかいろいろな物が疑われる!

 咄嗟に彩峰目掛けて飛ぶ俺。

 狙うは彩峰の口! 確実に封じねば意味が無い!

 ばっと手で彩峰の口を塞ぐ事に成功するが、他の面々の視線が痛い。

「いいか? 後でなんか言う事聞いてやるから大人しくするんだ」

 コクリ、と頷く彩峰。

 よし、いい子だ。しっぺぐらいで勘弁してやろう。

 そっと手を離すと彩峰はふぅ、と息を一つ吐く。

 他の面々にやっと弁明してくれるのか?

 と、突然彩峰はふらっとよろめいてその場にへたり込む。

「……唇を奪われそうになった……」

 チョットマテ。何でそうなる?

「おい、ちょっとまて。むしろ唇を奪う時間なんかなか」

「これが、これが若さか……ッ!」

 いや、訳がわからんぞ!? ァッ――!?

「ま、まて。落ち着いて話し合おう」

 その後、色々なオーラを纏った娘っ子達によって俺はこの日最高の悲鳴を上げたのはあまり思い出したくない事だ。

 本当に、殺されるかと思った。


 ****************


 さて、教官着任一日目が今ようやく終わろうとしているわけだ。

 完全に把握した訳じゃないが、何となく各々の性格とか、得意な技能なんかもほんの少しわかった気がするな。

 とりあえずどうしたもんか……あんまりフラフラしてるわけにもいかないしな。

「ふむ……ここは先輩教官の所にちょいと話を聞きに行くとするかな……」

 さぁ、てと。

 まりもさーん、今行きますよ〜〜! 

 そうと決まれば行動が早いのは俺の長所でもあるだろう。

 早足で俺は基地の廊下を走っていった。



 多分ここだろうな。士官室は横浜基地に多数あれど俺の本能がそう告げている。

 否、今の俺にはここしか考えられねぇ!

 何せここのエリアは訓練校の連中の為のエリアだからな!!

 うん。一通り馬鹿したからもういいや。

 コンコンと戸を叩く。ややあって中から声。

「誰だ?」

「神宮司軍曹。少しいいか?」

 一応周りの目が無とは言え一応注意せねば。

 関係ないところでまりもさんのパンチを食らいたくないしな。

「……失礼しました、ケヴィン大尉。今開けさせていただきます」

 カチン、と鍵が開けられた音がして、すぐ後に戸が開けられた。

 少し驚いた顔のまりもさん。

 ウホ、こういうのも中々……

 ぐい、と緩んだネクタイを引っ張られて部屋の中に引きずり込まれた。

「ま、まりもさん……結構大胆ネ……」

 否。般若のごときその表情は正に狂犬のそれだ。

 びー、いん、でんじゃー。

 物凄い勢いでアラート鳴ってます。

「……言いたいことはたくさんある。が、とりあえずケヴィン。あなたの発言を聞きましょうか?」

 うわ、ステキな笑顔。

「あの、さ。まりもさん。もしかして、彩峰から何か、聞いちゃった?」

 こっくり、と頷くまりもさん。

 すーっと体温が下がってく俺。

 まずい。 コレハ シヌ。 

 死を直感した俺の身体が活路を見出さんと駆け出す。

 が、ネクタイをしっかりと掴まれている俺は逃げ出すことも出来ず、正に自分の首を絞める結果となった。

 気道が塞がれ、脳に血液が回らなくなって……

 意外と簡単に俺の意識は飛んでいく。


 ****************


「御剣は武器格闘の技能に優れてるな。格闘戦、って言う点では彩峰、狙撃は猫の子……珠瀬かな? んでサバイバル関連は鎧衣、で、オールラウンダーの眼 鏡っ子こと榊って感じかな」

 俺はまりもさんから借りた各々のパーソナルデータに目を通しながら同じくまりもさんから譲り受けたノートにそれらの情報を書き込んでいく。

 ま、そんなに役に立つって訳じゃないんだけどな。なんかしとかんと気分がよくない。 

 何かしてるうちは痛みも忘れられるし。

 ちなみに俺はあの後、色々されてから解放された。

 その時に一緒に借りてきたのがコレだ。

 ちょっとばかし真面目な教官っぽいな。とかくだらないことを考えながらも黙々とノートにペンを走らせる。

 あー、そろそろダレてきたなぁ。

 そんな時ズドン、と戸に何かぶち当たる音。

『オーイ、ケヴィン! 遊びに来てやったぞー!』

 おかしい。

 俺の部屋の事はあいつらには知らせてなかったはずだ。

『オラー! とっとと開けろー!』

 ガスガスガス!

 しかもメスゴリ付きですか。そうですか。

『ホホー! ケヴィンの奴今頃教え子と“大丈夫。俺に全て委ねなさいフゥーハハハァー”みたいな』

「んなわけあるかッ! ハッ倒すぞ! エセラテンヒート!」

 ドアを蹴破るようにして俺は表に飛び出した。

 そこには見慣れすぎた連中の姿。

「悪いねぇ、ケヴィン。アタシもなんとか止めようとしたんだけど……」

 一目で手入れに時間をかけている事がわかる金髪の女性士官、俺の元同僚エリー。

 このばか者共の中にあって唯一良心を持ち合わせたイイ奴だ。

「なぁなぁ、兄弟! で? いい女いたか?」

 がっしとチョークされて呼吸を止めてきたのは黒い肌にドレッドヘアーで少し猫背の自称ラテンヒート。同じく俺の元同僚エディ。

 腕は立つし、度胸もあるが、トップオブヴァカ。もはや馬鹿など生ぬるい。ヴァカなのだ。

「うんうん。ジャパニーズヤマトナデシコは美女が多いからな。しかも若いし」

 へらへらしてるのは生粋の米国出身ながらやけに日本かぶれな筋肉バカ。アーノルド。

 この四人の中だと纏める側? の人間だ。しかし筋肉の事しか考えてない。

「ばかかお前ら! コイツは何も言わずに行ったんだぞ! あたいが一発ぶん殴ってやる!」

 いかん、メスゴリラが暴走している! しかも、一発、じゃ、ねぇ、じゃ、ねえ、か! 

 ひたすら俺をミンチにする勢いで殴り続けるのはメスゴリラことサカジャヴィア。あのゴヤスレイの一人娘だ。

 そのせいか少し攻撃的だ。いや、うん。リボンとかつけてるけど非常に攻撃的だ。

「ヴィー。そろそろ、やめ、死ぬ!」 

「うるさい! 黙れ、この、阿保!!」

 涙ぐ、んでる、のは、いい。

 そろそ、ろ、やめ、れ

「ヴィー。そろそろ止めないとさすがのケヴィンも死ぬぞ?」

 ぴたっと暴力の突風が止む。

 ナイスだエリー。

「ま、ケヴィンが死ななかったところで転属祝いの祝宴といこうや!」

 聞いてねえだろラテンヒート。

「お、いいね。合成日本酒が手に入ったんだ。早速あけよう」

 俺の状況を見ろ、筋肉。頼むから。

「あ、あたい合成日本酒って飲んだこと無いんだ。うまいのか?」

 罪悪感0かよメスゴリラ。

「……スマン、ケヴィン。諦めてくれ」

 エリー……できればもう少し頑張って欲しかったぜ……


 地獄の釜がぽかっと開け放たれた。地獄の釜に一番乗りしたのはアーノルド。

 続いてメスゴリラ、エリー、そして未だに首を絞めたままのラテンヒートが続く。

「OK! 今宵は朝までガンガン行くぜ!」

 まりもさん。

 初めてアナタに助けを求めます。

 助け

「オラー! ケヴィン、飲めー!」

 メスゴ  ギャーーーー!!



 翌日ケヴィンが瀕死の状態で部屋の戸から半分出ているのを見つけた御剣訓練兵は後にこう語る。

「あのやつれ方、何か新手のBETAに襲撃されたのかと思ってしまった」

 と。






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