――20時25分 最終チェックポイント――
そして、彼女以外だれも動かなくなった。
惨劇の首謀者たる彼女は新たなるエモノを心待ちにしているようで、傍らで物言わぬ骸のようになった男に腰掛ける。
「んんー……なんだ、もうオシマイか? まだ、暴れたりないぞ」
ぐいーっと身体を伸ばしてから彼女は扉を見やる。
たしか、あと一組いたはず。
そいつらが強いといいな。
そんな事を考えながら鼻歌を歌う。
……しかし、もう少し楽しいと思ったのに。
コイツは嘘吐きだ、と言わんばかりに尻にしいた男の頭をペシペシ叩いた。
びく、と男の体が反応したのでもう一発拳を叩き込む。
今度こそ動かなくなった。
また、ツマラナくなったな。と彼女はため息をつく。
暇を持て余す彼女の耳は僅かな“階段を昇る音”を聞き逃さなかった。
彼女の闘争本能という名のエンジンにまた火が入る。
軽く唇を舐めると来るべきハンティングへの期待を膨らませていた。
**********************ケヴィン・ウォーケン・黒澤**********************
ドロドロの暗闇で俺はまどろんでいる。
お袋が昔作ってくれたりんごジャムの中に叩き込まれた様な、そんな感じだ。
あー、参った。気持ち悪ぃ。
「どうせなら、こう、美女にまみれて美女美女……って、俺ぁ阿保か」
どうせ夢だろうし。
ま、夢なら夢でとっとと終わってくれ。
あんましんどいのは好きじゃねぇんだよ。
ゆっくりと、ドロドロの暗闇がかき分けられていく。
誰かに呼ばれたような気がする。
懐かしい誰かの声だ。思い出そうとすればするほど、暗闇が左右に分かれていく。
やがて、目の前が真っ白になっていった。
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「……長! 隊長! 起きてくださいよ!」
ゆさゆさ身体を揺すられて、ようやく俺は目を覚ます。
何故か、頭が痛い。
悪酔いをした朝のような気だるさも感じる。
……どうやら、眠っていたようだ。
軽く頭を振って意識を呼び戻す。
「悪いな。少し寝てた」
俺は苦笑いしながら部下に言う。部下の方もやはり苦笑いしながら
「デカイ作戦を前にして、しかも強化装備で居眠りできる隊長を俺は尊敬しますよ」
そう俺に嫌味をこぼした。
うるせぇ、と一言言った後、軽く部下の頭を小突く。
「さて、と。時間までまだ少しあるが隊の連中を集めてくれ。ついでに……ひよこ達もだ」
部下が表に駆け出していく。
一度首を鳴らすと、簡易ベッド(木箱を並べただけの物)の脇に置いておいたタバコを取る。
今となってはそんなに市場に出回らない中々上モノだが、まぁ、欲する人間がいれば売る奴がいるのは世の常で。
口に咥えたタバコに使い古されたライターで火をつける。
昔、他所の隊にいた奴が使っていたライターだ。ちなみに元の持ち主は文字通り蒸発してしまった。
ふーっと煙を吐き出すと、白い煙が宙を漂う。
これから始まる“作戦”
それは、この国の一部を取り返す為の一大反攻作戦。
多くの米兵達は……この作戦に対し否定的だ。
まぁ、当然といえば当然だろう。
先の大戦で最強でなければならない米国。その米国に一石を投じたのがこの小さな島国だったのだから。
憤懣やるかたないと言えばそうでもないのかも知れないのだが。
俺は米兵ではあるが他の米兵と違って、意外とこの国の事を気に入っている。
お袋の生まれた国だし、それに何より……惚れた女のいる国だ。
くだらない考えかもしれないが。
元々やる気のない俺には丁度いいくらいだろう。
火のついたタバコを地面に押し付けて軽く伸びる。
夏の嫌な暑さが気だるい身体にはちと辛い。
さて、と。そろそろ行くかね。
ぐしゃっとタバコの火を消すと、俺は仮設テントの外に出た。
十名余りが強化装備でそこに集まっていた。
「隊長! 準備のほう整ってます!」
副隊長が俺に言う。少し髪は薄いが真面目で信頼できる男だった。
「おーっしゃ。んじゃヒヨコ共。お前らはとりあえずウチの指揮下に入れ」
ひよこ達が元気に返事をする。
「よし! 皆、頑張ろう!」
ヒヨコが一羽、なにやら意気込んでいる。
やれやれ。あんまり意気込むなよ。俺等の仕事はあくまでも後詰めだ。
うわ、くっだらねぇ。
呆れたように、俺は戦術機の方に向かう。
愛機、F-14B。F-14Aと比べ、推進力が向上したタイプだ。
ちなみに俺の機体は腕のみを赤く塗りたくってある。その理由は単純明快。傍目から見て目立つからな。
って、謎の人影が二つ、俺の戦術機をじっと見上げていた。しかも、その後姿が間違いなく♂達である事を物語っている。
しかも、多分その二人は、俺の隊で面倒を見るはずのヒヨコ達だろう。
だからこそぺたぺたと俺の戦術機をいじくるソイツ達に、俺は教育的指導をしてやる事にした。
「で。腕の赤いF-14が珍しくてペタペタしてた、と」
こくりと髪が少し長い不届き者Aは頷く。素直でよろしい。
「は、はい。……その、目立っていたので、つい」
髪を立てた不届き者Bは頭をかきながら此方も比較的素直に反省してるようだった。
ま、俺は心が広いからな。許してやろう。それに何より、中々このヒヨコ共、目の付け所がいいじゃなーい。
「ハハハ、気に入ったぞお前ら。名前なんつーんだ?」
二人は敬礼の姿勢を取ると、俺にこう言った。
「自分は、平慎二少尉であります! それで、コッチの腑抜けっぽいのが鳴海孝之少尉です!」
腑抜けはないだろ。とぼやく鳴海を肘で突く平。
ルーキーの割りに随分余裕があるな、と思いつつ俺は二人の名をしっかりと頭に入れた。
「ちなみに……俺はケヴィンだ。ケヴィン・ウォーケン・黒澤。ま、覚え辛いなら……そうだな。ケヴィン様とでも呼んでくれ」
そう言って、ニヤッと俺が笑った時、急にまた意識が遠のいていった。
********************** ケヴィン・ウォーケン・黒澤
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いつの間にか、またあのジャムみたいな世界に俺は引き戻されていたようだ。
参った。
一日たりともあの日のことは忘れた訳ではない。
アレは、俺の後悔の一つだからだ。
なんて、格好のいい事言っちゃいるが、実際はただビビってるだけなのかもしれない。
ああ、駄目だな。後ろ向きになってるんじゃねぇよ。
だせぇなぁ、ホントに。
結局殆ど進歩してねぇでやんの。
今度は青い光が後ろから俺を引っ張る。
ああ、次はなんだよ。
今度はアレか? 俺のトラウマほじくり返すか?
クソが、はっ倒すぞ。
――畜生。意識が……
――21時40分 校舎内 医務室――
「――なめんなッ! はっ倒すぞクソがッ!」
がばっと跳ね起きる。
凄い脂汗だった。全身がベタベタするような、嫌な感じだ。
少し頭を振って意識を呼び起こす。
あー、そういえば色んなところが痛いのは、ヴィーの奴にボコにされたからなぁ。
それから意識を持ってかれたんだっけか。
「あー……そういや二人三脚は上手くいったかな?」
「成功といえば成功ね。最終的には珠瀬と鎧衣が……中尉のお気に召したみたいね」
そういえば、アイツは意外と可愛らしいものが好きだったな……って。
「まりもさん。どうしたんすか?」
少し、優しく微笑んだまりもさんは腫れている俺の頬を少し撫でながら
「――元教え子が怪我をしたんだから、気になるのは当然でしょう?」
そう、言ってくれた。
その一言がなんだか今の俺には無性に嬉しい。
っていうか、この流れならもしかしてまりもさん口説けるんじゃないか?
ほら。雰囲気に負けて若い男女が!
「……まりもさん。今日、俺の本当の気持ちを聞いてほし」
何故か鷲掴みにされる俺の顔面。
え? あれ? なんか流れが違、痛てててててててててててててて!
「そして、そんな元教官の優しさに“はっ倒すぞ”で返した貴方のキモチを聞かせてくれるのかしら?」
「いや、まりもさん、ソレは誤か痛ててててててててて!」
みしみしとまりもさんの細い指がめり込んでいく。
あー、俺ってやっぱ三枚目だわ。