教官の任を解かれた俺は、久し振りに自室に戻っていた。

 ちなみにわくわく二人三脚は……珠瀬、鎧衣のコンビが優勝したようだ。

 ヴィーの奴は何やらあの二人が気に入ったらしく、昨日は二人を自室に連れ込んでなにやらやっていたようだし。

 奴の戦闘能力を侮っていたかもしれんね。まさかあの蹴りを避けるとは思わなんだ。

 しかし、最後の最後であんな事になっちまったのは正直失敗だった。

 アレを通してあいつらが、隊行動において何が大事なのか気付いてくれてればいいんだが……

 今になっちゃもう遅い。なにせロメオ中佐殿が“君は今後ここに近寄るな”とかぬかしやがった。

 俺としてもあの馬鹿と顔を合わせるのは精神衛生上良くないしな。

 あいつ等の今後が気になるが……これも、まぁ、運命なんだろう。
 
 そして何より……これが最大の失敗。

 まりもさんを思い切り怒らせちまったい。アレは多分いつも以上の激怒っぷりだろう。

 しかもこれからあのオッサンのトコに行かなきゃならんダブルパンチ。

 正直気が重いぜ……

 久し振りに元の軍服を着込んだ俺は、ため息をつきながら自室を出た。



「ケヴィン・ウォーケン・黒澤大尉、只今帰等いたしました」

 とりあえず形式だけ報告を済ませる。

 おっさんは無言で書類に目を通しながら俺の報告を聞いているようだった。

 うーむ、相変わらず何を考えてるのかわからん。

「……ご苦労だった。明後日より貴様には副指令より別任務が与えられる事となっている。後ほど副指令の元に行き、詳細を聞いて来い。それ以降は身体を休め るなり、訓練に耽るなり好きにしろ」

 うわぉ。やっとこ長ゼリフを話し終えたかと思ったら別任務な上に好きにしろと来たもんだ。

 さすが人使いの荒さでその名を知らしめたスカーフェイス。

 このオッサンが無愛想でもイイ女なら頑張ってやる気になっちゃうんだが。どうあがいても平時に人を殺したような目をしてるオッサンにしか見えないから困 りモンだ。

 俺のやる気が最高に失せる。

 はぁ〜。まりもさんに笑顔で励まされてぇ。

「……女の尻を追いかけるのは構わんが、任務に支障をきたすような事はするな」

 げ、ばれてやんの。

 苦笑いをすると俺はオッサンの部屋を後にした。

 

 えーと、昨日はスイマセンでした。悪夢に魘されていて、綺麗すぎる貴女にあのような暴言を……

 いや、違うな。ゴメンよハニー。あまりの美しさに押し倒してしまいたくなってしまったんだよ。

 いやいや、わざわざ怒りをかってどうするんだよ、俺は。

 しかし、老けてもこういうのにはなれねぇなぁ。

「大尉! ぼーっとして、どうしたんです?」

 いきなり背後から何者かに声をかけられて俺は我に返った。

 声の主の方を振り返って少しがっかりした声を出す。

「なんだ……水月か」

 明らかにがっかりした俺を見て、水月は眉根を寄せる。

 子供かお前は。

「折角可愛い部下が声をかけてあげてるのに、なんだは無いんじゃないですか?」

「やかましい。素晴らしい上官に平気で飛び膝するような娘を可愛いとは絶対言ってやんねー」

 二人の視線が交錯した所に火花が散る。

 一触即発。そんな言葉が頭をよぎった。

「……若い女の子達と一緒に居すぎて脳みそが茹ってるんじゃないですか?」

 やってくれるぜ水月。それは俺への挑戦とみていいんだな?

「フッ、この俺に喧嘩売るとはいい度胸だ……泣いたり笑ったりできなくしてやるぜ」

 久し振りにコイツともやり合うな。まぁいい。

 俺の偉大さを見せ付けてやるぜ! 

 俺達は火花を散らしながらPXへと歩いていった。

 

 目の前に置かれているのは、瓶入りの合成牛乳が二本と、全く同じ大きさの瓶に入れられた合成酢がこちらも二本並んでいる。

「ルールはいつもどおり、先に飲み切ったほうの勝ち、でいいな?」

「私は構いませんよ? 勿論今日こそ勝たせていただきますから」 

 この勝負なら悪いが俺は誰にも負けない自信がある。

 一気飲みのケヴィンは伊達じゃねぇのさ!

 近くにいた眼鏡の娘に審判をお願いして俺と水月はまず牛乳を手に取った。

「では……はじめッ!」

 栓を一瞬ではがす俺と水月。流れるような動きでそれを口につける。

 吸い込まれるように消えて行く牛乳。しかし、俺の目には見えてるぜ。

 水月の奴が白髭になりつつあることを!

 空になった瓶を机の上にバンと置くと、やはり同時に酢のキャップを捻る。

 そして、戸惑う事無くそれを俺達は口へと持っていった!

 瞬時に“うっ”という顔になった水月。
 
 まぁ、コレぐらいは余裕だ。俺は一度口を離した。

 水月は少し涙目になりながらこきゅこきゅと酢を少しづつ飲んでいく。

 俺は思い切り変な顔をして水月の前に躍り出た。

 ぶしゅーっと水月の口から噴き出される酢。

「マイガッ! スッパ臭がッ! スッパ臭がッ!!」

 しかも目に入って若干地獄の苦しみを味わった。

「ひ、卑怯ですよ大尉! 笑わせるなんて!」

「お前こそなんて事を! 目が、目がぁぁぁぁぁぁ!!」

 目が焼け付くような痛みに襲われている。

 えぇぃ、水月め! こんな間接兵器を持ち合わせているとは!

 またこきゅこきゅと水月が酢を飲み始める音が聞こえる。

 しかたあるまい、もはや一刻の猶予もないぜ!

 まだ薄っすらとしか開かない目で瓶を手に取り、それを口に運ぶ。

 吸気完了! ブーストオン!

 俺は一気に瓶を傾ける!

 水月が必死に酢を飲んでいるのを尻目に、俺はその中に入っている酢を一気に飲み干しにかかった。

 これはもう慣れというかなんというか……俺は酢ぐらいならえづかねぇのさ! もっと凄い物飲んでた時期があったからなッ!

「ブヘァー……ククク、悪いな水月。うぷっ……俺の勝ちだ……」

「な、涙ぐみながら言わないでくださいよ」

 飲んでも大丈夫なだけで、酸っぱい物は酸っぱいんだから仕方が無いだろうが。

 ぐしぐしと涙ぐんだ目を擦って俺ははにかんだ笑顔で言う。

「脱げ」

「なっ……何でですか!?」

「俺、勝った。お前、脱げ!」

 今日こそ脱がす。否、剥く。

 手をワキワキとしながらにじり寄る。

「大丈夫だ。ちょっと剥くだけだから!」

「ふ、ふざけないでくださいよッ!」

 ゆっくりと、射程圏内に水月を納め、ついに俺が飛び掛らんとした、その時だった。

 びたーーーん! と背中に何かが叩きつけられる。

「あっはっはっは! なんだい、大尉! ジャガモドキの皮剥き、手伝ってくれるのかい?」

 い、いかん! 主を刺激していたか!?

 瞬時に離脱を試みるものの敢え無くおばちゃんに捕獲された。

「お、おばちゃん! 俺、任務が終わったばっかでちょっと疲れてるんだよ!」

 その言葉を聞いたおばちゃんは俺の言葉を豪快に笑い飛ばし、むんずと俺の首根っこを捕まえる。

「――いいのかい? おばちゃんの言う事聞いておかないと神宮司軍曹に報告しちまうよ?」

「――京塚曹長……それはポクを揺すっているのかね?」

「――あら、おばちゃんは無理にとは言わないよ。た・だ……ちょーっと口が軽くなっちまうかも知れないねぇ」

 くそぅ、明らかに揺すってるじゃないか!

「――ついでに言うと、ちょっと前に来た神宮司軍曹、ちょっとご機嫌斜めだったねぇ。ここで報告したらそりゃもう凄いことに」

「――喜んでムキムキさせていただきます」

 泣ける。

 水月に会っちまったのが失敗か……

 まりもさんに謝りに行きたかったぜ。

「大尉、天罰覿面ですね」

 ニシシと猫みたいな笑顔で言う水月を見て俺は心の中で復讐を誓うと、トボトボと厨房のほうに向かった。

 まぁ……皮むきは得意なんだけどな。

 昔やらされまくったから。


 はぁ。


 一個、剥き剥き剥き……

 十個、剥き剥き剥き痛っ

 二十二個、剥き剥き剥き……おばちゃん。そろそろ解放……え、だめ?

 四十六個、剥き剥き剥き剥き……まずい、なんか楽しくなってきたぜ。

 五十三個、剥き剥き剥き剥き「これ、こっちでいいの?」「あー。あ、ちゃんと芽まで取ってくれよー」

 五十四個、剥き剥き剥、き?

 誰?

 俺はがばっと頭を上げる。

 目の前にはシャツの袖を捲ったまりもさんがいた。

 皮むきをしながらまりもさんは言う。

「中々難しいわね。どうやったらそこまで器用に剥けるの?」

 い、いかん。目が泳ぐ。

「ア、アー……剥ク、コレ、慣レ。慣レレバヘイキ」

 決定。俺は今ジャガマンだ。

 ジャガモドキの皮を剥く事に命を懸けた孤高の英雄。それで行こう。

 瞬時にジャケットを顔に巻いて覆面にする。

「それで、あなたはさっきまで速瀬中尉となにをしていたんですか?」

 やばい、少し声に怒りが篭もってる。

「オ、オレ、ジャガマン。アナタノコトシラナイ」

 一瞬目の前に阿修羅が見えた気がしたが、ふっと阿修羅が消えて、まりもさんが話し出す。

「そう。それじゃあジャガマン、少し愚痴を聞いてくれるかしら?」

 こ、怖ぇ。

 目が虎だ。 

 俺は最悪、ジャガモドキ剥き用のナイフでさっくりいかれることを覚悟した。

 



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