人間の心臓ってーのは意外と凄い早く動くことが出来るらしい。
いまの俺がその状態だ。
口の中がカラカラになっている。脳が痺れるような感覚……
俺がこんな状態になったのはどうしようもないほどに驚いたからなわけで……
何せ俺の目の前にあったのは、クソデカイシリンダーに入れられた一匹のBETAがそこにいたからだ。
「……死んでやがる……よな? あー、マンバ2よりHQ。なんか良くワカランが漬物にされたBETAを発見。これが任務の目標かどうか確認求む」
暫く待ってみたが一向に返事はない。
参ったね。どうにも。
如何せんここに入ってきてから通信機がおかしくなってしまってしょうがねぇな。
しかたねぇ、一回上に上がってもう一度
「おにいちゃん」
背後からかけられた声。ぞわっとあの嫌な感じが全身を駆け抜ける。
いままで、俺はこの直感のお陰で何度も命を救われてきた。
今回も、自分の直感を信じ、コンソールの裏に身体を滑り込ませる。
「おにいちゃん、どうしたの? サンとあそんで?」
子供、か?
なんだ。さっきのは気のせいだったのか……驚かしやがって。
しかし、声を出そうとしても言葉が一向に出てこない。
何か違和感を感じる。否、違和感だけじゃない。
なんで、子供がこんな所にいる?
しかも、白骨の傍で……
知らずに俺はベレッタのグリップを握りなおしていた。
何はともあれ、さっきのあの少女の声は……危険なことに変わりなさそうだしな。
そっとコンソールから顔を出す。が、そこに少女の姿なんてない。
どう、なってやがんだ?
やっぱり気のせいだったのか?
ふぅっと息を吐いて、もう一度呼吸を整えようとしたとき、ベレッタを持っていた右手に、そっとなにかが触れる。
「おにいちゃん。ピストルであそぶの?」
振り返ることが出来ない。
残念なことに、この声の主からは……人の気配を感じねぇ。
「いや、コイツは遊ぶのには適さねぇからなぁ……あやとりでもするか?」
「あやとり、なに?」
「お、なんだ。あやとりやったことねぇのか。俺がやりかた教えてやっから安心しろ?」
引き金に指をやったままで、ゆっくりと俺は振り返る。
「ほんと? サン、たのしいのすき!」
歳は、サバ読まない限り6〜8歳って所だろう。
大小の血管が透けて見えるほどの白い肌に、真っ白い髪、そして赤い目をした少女がそこにいた。
正直、脱力したのは事実だ。うん。
こんな娘を撃ち殺すのは忍びない。
俺は、何て事をしようとしていたんだろう。
「おーっしゃ。んじゃあやとりするか」
ひもが無きゃできないな。ひも、ひも……どっかにないか?
「おにいちゃん。あのね……サン、おなかすいた」
モジモジと恥ずかしがりながらサンは俺に空腹を訴えてきた。
しかし、こんな地下室には食いもんなんか何も無い。
「あのね……サンたち、おにいちゃんたべていい?」
上目遣いに俺を見る。
仕方が無いよな。こんな子供が腹をすかせているんだ……
サンはにやぁと笑うとゆっくりこちらに近づいてくる。
腹減ったか。いいぞ。たんと食え?
『やれやれ……ケヴィン訓練兵。今の内に食っておかないと夜までもたんぞ?』
――ッ!?
「おにいちゃん、どうして逃げるの?」
「いや、食われてやる気が無くなっただけだ」
何故さっきまで気付かなかったのかわからない。だが、俺そのものの発する警鐘にようやく俺の身体は気付いてくれたらしい。
サンという娘に捕まる前に、俺はそこから飛びのいた。
「それと……すまんがそこから動かないでくれるか?」
銃を構える。狙っているのは……小さな頭。
殺るなら一撃で仕留めなければならない。俺の本能というか、そういったものが全力で俺に働きかけている。
「抵抗しなければ楽に死ねたのにねぇ……残念だよ」
どこかから聞こえる声。
同時に、俺は立っていられなくなる。
「……がっ……ぐうぅ……!」
どう表現したらいいのかわからない。だが、言うなれば脳みそに直接痛みを叩き込まれていると言うべきだろうか?
イタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
膝をつくと同時に、影が一つシリンダーの陰からゆっくりと出てき
た。
シニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタ
クナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ
車椅子のような物に乗ったソレは、巨大な袋のようにも見えた
が……つぎはぎだらけの人の頭である事に俺が気付くまでに若干の時間を必要とした。
タスケタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケタスケテタ
スケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ
頭みたいなソレの下についている顔の口が、ゆっくりと開かれる。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタ
「痛いだろう? 苦しいだろう? ……僕らの受けた恐怖と痛みだ」
シニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタ
クナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ
あまりの痛みと恐怖。情けなく俺は失禁する。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
ガチガチ歯がなって意識が遠のきそうになった。
タスケタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケタスケテタ
スケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ
「でもね。僕らは逃げることなんてできなかった」
一度痛みが遠のく。
ふらふらになりながら涎を拭うと、ソレを睨みつけた。
無論引き金に指はかけたまま。
「初めまして……ケヴィンさん。僕はイチと呼ばれていました」
「自己紹介しなくても名前がわかってるたァ驚きだね……出来ることなら俺の惚れた女のスリーサイズでも教えてもらいたいもんだ」
こういう時こそふてぶてしく笑う位の気概を見せねぇとな。
しかし、どういうことだ?
名前なんざ一言も言っていないはずだ。
ったく、どういうことだ? さっきので頭がおかしくなったのか?
「くすくす……おにいちゃん。イチはなーんでもわかっちゃうんだよ? かくしごとなんてできないんだから」
うしろからサンという娘が声をかけてくる。
途端、ジープにはねられた時のような衝撃を受け、俺はシリンダーに叩きつけられる。
強化装備でなければ今頃ミンチにされていただろう。
「すごいでしょぉ? サンね、さいこきねしすっていうのつかえるんだよ!」
まるで子供のように大喜びをするサン。
くそったれ、人殺そうとして褒められるなんていい御時世だ。
「それを強要したのは、貴方がた大人達だ。それ位の事はおわかりいただけますかな?」
おお、いいね。言わずに伝わる関係って素晴らしいですわん。
「僕はね。何度も何度も切り刻まれる痛みに壊れて、新しく一緒になった僕がその度に目を覚ますんです。わかりますか? その地獄を貴方にも経験させてさし
あげましょう」
イチの目がぐりんと開く。
脳に叩きつけられるのは、無数の子供達が解剖されていく姿。
同時に、それらの子供達の痛みや恐怖が俺を壊していく。
「あ、あ、ぐ……」
ぎり、と歯を噛み締めるが、痛みに耐えることなぞできはしない。
発狂しそうになる俺だったが、痛みやら何やらが突然消えた。
「選ばせてさしあげますよ? 全身の骨をへし折られて死ぬか。それとも狂って死ぬか。どちらがお好みですか?」
くすくすと楽しそうに笑うサン。
まいった。こりゃぁ打つ手なしか……
「そうです。もはや貴方には打つ手などありません。ここで僕らの糧となるのです」
「あんしんしてねおにいちゃん。サン、おいしくたべてあげるから」
絶望的な状況。
ふと浮かんだのは、まりもさんの顔だった。
「頼みがある。最後は衛士として自分で死にてぇんだ」
にやり、とイチは笑った。
俺の身体を押さえつけていた力がふっと消える。
勝負は、今しかない。
咄嗟に俺は引き金を引いていた。