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「……Damn it……嫌な、夢だった……」
暗い部屋。
かすれた声で一人愚痴ると身体を起こす。
いつもどおりの俺の部屋だ。
いつもと違うのは最高に寝覚めが悪いって事ぐらいか。
時間は――8時過ぎ。
昼寝にしては寝すぎたかもしれん。
ったく。かったるいな……
と、うだうだ考えてても仕方がない。
俺は服を着替えるとふらっと部屋を出た。
今日はうざったいくらいに暑い上にかなりやかましい。
祭りなんざクソ食らえだ。
っつーか人が働きに行くときになんでンなモンやりやがるかね?
浴衣を着た連中がやけにムカついたので、俺は少し静かな裏通りへと入る。
と、表通りの雑踏とは打って変わってこちらは静かだった。
いるのっつったら客引きの姉ちゃんか、ヨッパライくらいなもんだ。
ま、静かだし、人が少ないから涼しくていいんだが。
――ふと、俺の耳に何か聞こえる。
妙な胸騒ぎを感じた俺は、急いで音の発生源に向かい足を走らせた。
「あ、あの……そんな事いきなり言われても困ります……」
「な、な、な、なんでですか……あの日、ぼ、ぼ僕がチカンの冤罪にあった時に……助けてくれたじゃないですか!」
「で、でも……私は正しいと思った事をやっていただけで……」
「ひ、ひ、ひどいですよぉ! ぼ、僕はあなたしかいないと思ってぇ……!」
「オラ。そこまでにしとけよ? っつーかナンパすんならやり方ぐらい勉強して来いこのcock-sucker」
肥えた男の腕を後ろから捻り上げる。
腕を捻り上げられた男はふぎぃ、なんていう声をあげた。
「な、なにをするんだ! さてはお前……ぼ、僕と彼女の仲を引き裂こうと……」
「っつーかよ。俺の女に勝手に手ぇ出して無事に済むとでも思ったか?」
我ながら大胆な物言いだ。
「お、俺の……そ、そんなことあるわけない! 彼女は」
俺は更に男の手を掴む手に力を込める。
「――五月蝿ぇぞ? 半殺しにされたくねぇならとっとと失せな」
ドスを効かせた声で男に言うと、男を引き倒す。
ごろんと転がった男をギロリと睨みつけた。
少したたらを踏みながら男は表通りへと駆け出していく。
「ハン、根性ナシ野郎が……で、あんた大丈夫……か、い?」
どくん、と心臓が跳ねる。
「は、はい……ありがとう、ございまし……た?」
キョトンとした“彼女”の顔。
俺は知らず固まっていた。
その顔は……さっきまで見ていた“夢”に出ていたあの人と、全く同じだったから。
「……あ、あの、どうかなさったんですか?」
遠慮がちに彼女は俺に尋ねてきた。
まずい。これじゃさっきのヤツと同じだ。
「あ、ああ。日本にこんな美女がいたなんて知らなかったから、つい見惚れちまった」
途端、彼女の顔がぼっと赤くなる。
ああ、マズった。本当に。
こんな顔されたら、俺まで顔が赤くなっちまう。
と、突然鳴り響く俺の携帯電話。
ディスプレイには……店の番号。
うわ、ヤバイ。そういや今度遅刻すりゃクビとか言われてたっけか。
とりあえず電話は無視して彼女に声をかける。
「あ、あー……こんなトコいたらまたうざったいのが来やがるからとりあえず表通りに出るか?」
彼女がこくりと頷いたのを確認し、俺達は連れ立ってゆっくりと表通りへと戻っていった。
「なるほどね……女子高生が慰謝料目当てであのデヴをはめようとしてたのを助けたわけだ?」
「はい。それで、いきなり今日声をかけられて……」
ふむ。なるほどねぇ。善意が仇になった感じか?
それにしても……やっぱ、あの夢に出てきた女性に似ている。
っつうか本人としか思えねぇ。そうでもなけりゃ俺の頭がおかしくなったとしか考えられん。
ちなみに俺は至極マトモだ。昨日食った物も思い出せる。
昨日は……たしか合成かけそばを食って、んで、その後で色々あってからこの人に謝りに……
いや、待て。
なんだ、今のは? 夢の中での話しだろうが。どうしちまったんだ、俺は
「あの、どうかなさいましたか?」
心配そうな顔で俺の顔を覗き込む。
「あ……!? あ、ああ。悪い。色々考え事を、な。ところで……この後暇? 暇なら……あ、いや。暇で暇でしょうがないならだけど、もし良ければ……すか
てんで飯でもどう?」
これじゃナンパに変わりないじゃん。俺どうした? なんで口説くにしてもこんな高校生みたいな口説き方するんだよ……
少し自分に嫌気がさしていたのだが……彼女が少し遠慮がちに頷いたのを見て、そんな気分も吹っ飛んでしまった。
でも、まずいな……奢れるだけの銭、持ってないかも知れねぇ……
とりあえずすかてんに入ったはいいが……会話が殆どない。まぁ、確かに彼女は会ってすぐの男とぺちゃくちゃ喋れるタイプじゃない。
それに、なんだかやけにソワソワしてるしな。
「あー、と」「あの」
見事に声がハモってお互いまた赤くなる。
うわ、なんだこりゃ。高校生撤回。中坊みたいだな……
「レディーファーストで」「あの、先にどうぞ」
……ぷっ
「あっははははははは!」
思わず俺は噴出していた。彼女の方もくすくすと笑ってるし、まぁ、こういうのなら悪くない。
「ふふっ……ええと自己紹介しようと思って」
「奇遇だな。俺もそれを考えてたトコだよ」
ようやっと届けられたコーヒーを少し飲んで俺はゆっくり話しはじめた。
「……ま、女に先に自己紹介させるわけにはいかんだろう。俺はケヴィンってんだ。よろしく」
「あ、御丁寧に……私は……神宮司です」
どくん
「じ、んぐう……じ……?」
どくん
――今日からお前達の教官になる神宮司■■もだ。
どくん
――だからま■もさんと呼ぶなとあれほど……
どくん
「あの、やっぱりどこか具合でも悪いんですか……?」
「あ、ああ。なんでも、ないよ。――まりもさん」
思わず俺の口から漏れた言葉。
それを聞いた彼女は誰が見ても明らかなほどに驚いていた。
俺は慌てて話題を変える。
「あ、なはははは! い、いんやー、そう! 昔付き合ってた彼女に何となく雰囲気が似ててさ! 思わず……言って、みちゃったんだけど……アレ? もしか
しておたくも……?」
嗚呼、なんて辛い言い訳か。
とりあえず……苦笑いではあるが彼女は笑ってくれているから、まぁ良しとしよう。
「はい。まりもっていうの、私の名前でもあるんですよ」
――なんでかわからんが、あの夢は夢じゃなかったのかもしれない。
そうでもなければ合点がいかない。ここまで同じ人間なんているはずがないのに。
どう、なっちまったんだ。俺の頭は?
結局俺は終始上の空のままでこのひと時を終える事になってしまった。
なんやかんやでTELL番を交換した後、彼女を家の傍まで送ると俺は一人家路につく。
途中通いなれたコンビニに足を運び、缶チューハイを買ってまた頭を捻りながらゆっくりと祭りの終わった表通りを歩いていた。
――なんだ。今日の俺は。俺じゃない、別の俺が中に入っているような気がする。
プシュッと缶チューハイのプルタブを倒してそれを口に運ぶ。
独特の苦味が口の中に広がり、身体に熱を入れてくれた。
もしかすると、昨日朝から飲んでたのが悪影響を及ぼしてるのか?
いや、それなら今頃俺の脳味噌はスポンジになってるに違いない。
んじゃァ、なんだっつーんだ?
畜生め。頭使うのは苦手だっつーのに。
ボロッちいアパートのさび付いた階段をゆっくり上がっていく。
中ほどの部屋のドアノブに鍵を突っ込むと少し乱暴にドアを開けた。
コタツの上に買ってきた缶チューハイを置くとどさっと腰を下ろす。
ついでにタバコに火をつけてまた物思いにふける。
アレが、もしも現実だったら? いや。もしもこっちが夢だったら?
Damn it! ふざけんな。何考えてるんだ!? あれは夢だったんだ。
俺がドンパチなんざするはずがねぇ。そうだ。そうに決まってる。
猛烈な不安にかられる。
そばにあった写真を手に取る。
「……おい、なんだこりゃ」
何も映っていない写真。
裏に、書かれていたのは俺の字だろう。随分汚い字で……書きなぐったような字が書かれている。
“Do not forget that spectacle and do not forget that regret and me on
that day. ”
……あの日を、あの光景を、あの後悔を、そして俺自身を忘れるな……?
その言葉を見た瞬間、強烈な頭痛が俺を襲った。
まるで、俺にそれを思い出させようとしているかのように。
――い。
声が聞こえる。
――ください。
聞いたことのない声だ。
――てきてください。
いや、多分……この声は聞いた事があったかも知れない。
――帰ってきてください。
……“いつか”の俺が会った事のある……
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――暗い。真っ暗だ。
俺の身体は真っ暗い空間に投げ出されていた。
ふわふわしている位ならいいんだが……暗いし、音も聞こえない。
腹も減らない、喉も渇かない。
気味の悪いって方がしっくりくるような状況に、俺はなんともいえない不安感を募らせていた。
時間の感覚なんかも当然ない。
お陰さまでこの暗闇にきてからどれだけたったかもわからない。
もしかすると俺は初めからここにいたんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。
――とりあえず。何をしても無駄だという事はどことなく理解できる。
俺は、目を瞑って眠った気になった。
……当然、俺は眠れない。
もし、地獄ってものがあるとしたら……きっとこういうのだろう。と俺はどこかでぼんやりと考えていた。
畜生め。どうせなら、美女くらい、用意しとけってんだ……
うすぼんやりと、遠くに明かりが見える。
吸い寄せられるように、俺はそっちに漂って行った。