――なんだったんだ。結局。

 あの夢の正体はつかめないまま、俺は光に包まれていた。

 ただ……さっきまでのそれと比べれば断然心地いい。なんつーか……ああ、お袋に抱きしめられた時はこんな感じだったかな〜なんてくだらない事を考えなが ら俺は光の中でまどろむ。

 これなら、もう暫くここにいても構わない……わきゃないやな。俺は元居た所に戻りたい。

 ……元居た……? それは……

『あー? 合コン? ヤれそうな女来んのかよ?』

『は、ははは……み、見ろ……くたばりやがった……』

『ひ、ひぃ! し、死にたくない! お前ら! ここを死守しろ!!』

『……頼む。殺さ――』

 なん、だ? これ――

 ぐにゃり、と景色が歪む。

『――え?』

 ある“少し若い俺”は……大きなトラックにはねられた。

『――ッが、ぁ……や、やめて、くれ……死にたく、ねぇよ……』

 ある“疲れ果てた俺”は……自分が殺した女の思い人に刺された。

『ぎ、ぎゃぁぁぁぁ! と、溶け……がhjしjrvbnubiwovn』

 ある“逃げていた俺”は……化け物に溶かされ、もがきながら死んでいった。

『――』

 そして、白い服を着た、俺は……

 頭を、切り開かれて――

「ウワーォ。な、人間の脳味噌って白いの知ってるか? あ、“オマエ”は脳味噌見たことある俺か?」

 ――!? だれだ、お前は

「あー? 誰ってお前……なぁ?」

 ヘラヘラしてんじゃねぇ。俺が、俺が……

「あー、安心しろよ。これは皆、俺の可能性の一つでしかない」

 俺? お前何言ってやがる。今見た俺は間違いなく俺で……

「……ふぅ。わかってねぇな。まぁ、しょうがねえか。“俺”としても“オマエ”はイレギュラーだったからな」

 イレ、ギュラー?

「ああ。イレギュラー。バグ。不確定要素? ま、あんま頭は良くねえから難しい言い回しは出来んがな」

 どういうことだ?

「そう、だな。よし。たとえば、だ。俺が今生きている世界……ここを仮にAとしよう。しかし、実は世界はこれ一つじゃなくてな。たとえば……Aの世界でイ イ女をはべらせたBっていう俺と女運無く刺し殺されるCっていう俺がいる。っつーんでわかるか?」

 ……

「OK、OK。オマエは俺なんだ。理解できるはずがねぇな。よし。話を変えよう。今ここに林檎があるとするな? んで、俺は唐突に腹が減ったとしよう。 さぁ、目の前にはいい具合に林檎がある。当然俺は食ったわけだ。が、ここではもしかすると林檎を食わなかった俺がいたかもしれない。食った林檎も甘い林 檎、酸っぱい林檎、はたまた毒林檎ってのもありえる」

 つまり……俺は……

「そう。俺はここにいると同時に偏在するのさ。俺という存在は今無限に存在する。OK?」

 ……さっきの連中は……全部、俺だっていうのか?

「ほう。俺にしちゃ飲み込みが早いでないの? そう。無限に広がる俺の中の一部って訳だ」

 ……俺は、どこ行っても死んだりなんだりとんでもない目に会うのか

「まぁ、そうだな。今出てきたのはどうしようもない連中のモンだ。本来の“俺”はもう少しマトモな力を持ってるぜ? まぁ、んな事はどうでもいいんだが よ……で。本題に戻そうオマエは……俺にしてみりゃイレギュラーっていうのは言ったな?」

 ――何故、イレギュラーなんだ?

「オマエさ。いい子ちゃんすぎんのよ。何? 純情気取り? ヒーロー志望? ハァ? 馬鹿かオマエ。オマエが俺ならよ、女は無理矢理。信頼に唾かけて友情 なんてモンはクソッタレ。そんぐらいの気概は見せてもらわねーとよ?」

 てめぇ、何言って

「いいじゃねぇか。なんつったっけ? あの女。ヤっちまえよ。どうせオマエに腕力で勝てるわけねえじゃねえか」

 黙れっ!

「あのムカつくオッサンもニガーも筋肉馬鹿もぶち殺してよ。メス共は皆食っちまえばいいじゃねえか」

 黙れ! それ以上俺の……仲間を侮辱しやがったら

「カッ……カカカカカカカッ!! 仲間!? 仲間だと!? おいおい、勘弁してくれよ。他の俺は何人も“仲間”に殺されてるんだぜ?」

 ――ッ!?

「お、なんだ。ビックリしちゃった? カカッ! だから言ったろ? 信頼やら友情なんてモンはクソッタレだってな」

 違う! そいつらがそうだったとしても……あいつ等は

「コンビニでバイトしてるお前にマトモにダチと言えるヤツがいたか? 横浜基地のオマエが信頼してた連中は本当にオマエを裏切らねぇと言えンのかァ?」

 ……俺は……あいつらは……

「認めろよ……一皮剥いちまえばオマエは俺と同じなんだぜ? 我慢は良くありませんよ〜? カカカッ」

 ……黙れ

「まぁ、そう言うな。――仲良くしようぜ? ブラザー」

 ……黙れぇッ!

「おいおい。俺を殴る気かよ? 手も無いオマエが俺にどうできるんだよ? そうカッカすんなって」

 畜生! 俺は、俺はお前や、あの俺達とは違う!

「ツれねぇ事言うな。こうして俺と向き合って話せる“人間”はこの世にオマエしかいないんだからよ?」

『ケヴィンさん。そこは、あなたのいるべきところじゃないはずです』 

 ――この、声は

「……チッ。介入してきやがったか……そういや、オマエの世界にゃESP発現体なんてもんが残ってやがったな」

 ぐにゃ、と光が歪む。

「まぁ、いい。必ずまた会うことになるんだからなァ……」

『……こっちに。手を、伸ばして……』 

「忘れんなよ……オマエは、どうあがいても“俺”の断片にすぎねぇんだ」

 俺が、溶け出していく。

「……また、会おうや……過去の未来の俺」



 *********************



 規則正しい音。

 何の音かもわからない。

 規則正しく刻まれる音。どくん、どくん、という俺の心臓の音とリンクしている、と気付くのにさほど時間は要らなかった。

 ゆっくり、目を開けようとしてみた。

 まるで、瞼が縫い付けられたように重い。腕も、足も言う事をきかない。しかし……さっきまでの、あの泥沼みたいな感じはない。

 ああ、戻ってこれたのか……?

 でも、どこに戻ってきたんだ?

 そもそも、今の俺は一体誰なんだ?

 わからない。わからない。わからな……い……

 ふ、と視界の端に白っぽい何かが見えた。首を動かそうにも力がまるで入らない。

 ――待ってくれ、俺は、俺は――

「……あなたは、あなた、です」

 綺麗な声だった。

 どこかで、聞いたことのある……ああ、そうか。

 あそこから、引っ張りあげてくれたのは……あんただったのか。

 ……待ってくれ、聞きたいことが沢山あるんだ。

 だが、当然返答はない。

 ぱたん、とドアが閉じられる音と共に、どの“俺”かわからない俺はなんとも言えない不安と戦う。

 だれか。誰でもいい。声を聞かせて欲しい。

 ここまで孤りでいる事が……恐怖に思えた事はなかったと思う。

 起き上がりたいと思っても、相変わらず辛うじて指先が動く程度だ。

 畜生。俺の身体なら言うこと聞いても罰は当たらんと思うが!?

 ――なんだ?

 今、何がいた?

「……ぅ……ァ……」 

 しわがれた、俺の声とは思えないような声。むしろただの音だろう。

 暗闇で見ることは出来ないが……たしかに影が動いた気がした。

 誰だ? マンバ隊の誰かか? 伊隅隊の? それとも

【ツれねぇ事言うな。こうして俺と向き合って話せる“人間”はこの世にオマエしかいないんだからよ?】

 ――ッ!? な、なんでお前がここにいるんだよ!?

「く……ゥァ……」

 ばくばくと心臓が必死になって血液を全身に送ろうとしているのがわかる。

 瞳が見えないはずの何かを映し出していく。俺が見たもの――それは

【そんなツラすんなよ。俺もオマエが苦しんでるのを見ると……我が事のように苦しいぜ?】

 存在しないもの。あるはずがないもの。いや、あってはならないもの。

 そいつは、たしかにこっちを見ていた。

 そして……あの目で、俺を。

「ぁ……ヶて……!」

 動かない身体で抵抗するように身をよじらせるが、僅かにベッドが音を立てるだけだ。

「……ケヴィ、ン?」

 誰か、来てくれた! 助けてくれ! ここにあいつがいるんだ! 

 擦れた声でドアを開けてくれた人物に助けを求める。

 その人は駆け寄ってきて、ぎゅっと俺の手を握り締めてくれた。

 なんとなく感触から女性であることがわかる。

 女性は震えた声で俺にこう尋ねた。 

「……私が、わかる……?」

 女性の持っていたライトの灯りが女性の顔を照らし出した。

 ――ああ、ようやっと、“俺”が“どの俺”なのかわかった気がする。

 ……まり、も、さん……

 頬を熱い涙が伝う。

 俺、また帰ってこれたんだ。





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