「そうか。ひよこ達は駄目だったか……」

 ベッドの上でその報告を聞いた俺はため息をついていた。あいつらは個々の実力が十分高かっただけに悔しさなんかは相当な物だろうな……

 それにしても、何で失敗したんだ? 思わぬところで事件が起こったか、それとも……各員の連携が上手くいってなかったからか。

 色々とあいつらが失敗した理由を考えてみるが……やはり各員の連携くらいしか思いつかない。

 俺の発想が貧相なのか、それとも本当にそうだったのか……

 後で少し覗きに言ってみるかな、と考えていると、綺麗に剥かれた林檎がサイドボードの上におかれる。

「……サンキュー」

 一個を指で摘み上げるとそれを口に放り込む。しょりしょりとした食感が口に優しい。

 っつーか、よく天然林檎なんて持ってこれたなと思いつつ林檎を剥いてくれた人物の顔を見る。

「……なぁ」

「なんだ?」

「こういう場合、女の子が林檎剥いてくれた挙句キャッキャウフフできるのが筋ってもんじゃない?」

「知らん」

 顔に大きな火傷の跡のある巨漢のインディアンは小難しい題名の本を開いてゆっくりと自分の世界へと潜っていく。

 ……本読むなら来んなっつーの!

 泣くぞ! 思わず!! ……まぁ、オッサンに慰められても切ないが。

 あー……暇だ。まぁ暇ってもんはありがたい事かもしれんがな……どうにも手持ち無沙汰になる。

「なぁ、オッサ……隊長。ソレ、貸してくれよ」

 ひょい、と読んでいた本を放り投げてくる。意外と、いや、想像通り分厚い本だ。ハードカバーだし。

 とりあえず適当にぺらっと捲る。

 途端、字の洪水。

 目がシパシパするくらいぎっしりと言葉が詰まっているのに俺は腰を抜かしそうになった。

「……OK。アンタの教養は良くわかった」

「そうか」

 よく正気でこんなモン読めるな。しかも会話する気皆無かよ。

 ホント、勘弁して欲しいぜ。

 ……はぁ。



 あれから数十分が経った。

 未だに会話はない。

 っていうかココまで来るとオッサンに対し恐怖すら感じる。

 もしかして俺このまま亡き者にされちゃうのか?

 まぁ、このオッサンなら兵士級ぐらいなら素手で何とかしそうだから怖い。

 やべ、怒号をあげながら兵士級をネジ殺すオッサンをふと想像しちまった……

 しかも意外としっくり来ちまうのが笑えねぇ。

「あー……まりもさぁーん……」

  物凄い情けない声が病室に響いたときだった。がちゃっという音がして病室のドアが開けられると……そこには少々複雑そうな顔の待ち人が佇んでいた。

「……あのね。もう少しシャキッとしたらどうなの?」

 その苦笑がなんだか凄く懐かしい。喜び勇んで飛びつこうと思ったが……

「……ふ。動けん……」 

 今更のようにまだ身体が思うように動かない事を思い出させられた。

「……俺の仕事もここまでだな」

 オッサンが本をぱたんと閉じて立ち上がる。お、おおい! そんな、動けないときに二人っきりにされても嬉しくないって! あ、いや、嬉しくはあるんだけ どこう、ね? 色々オトナの事情ってもんが

「は。ご苦労様です少佐!」

 まりもさんは律儀に敬礼をしてオッサンを見送る。オッサンもオッサンで “うむ” なんて頷いて部屋を出て行ってしまった。

 当然部屋には俺とまりもさんだけが取り残される。

 微妙な空気。

「座ってもいいかしら?」

 どことなく砕けた感じでまりもさんが聞いてきた。いつもより幾分か柔らかい笑顔のまりもさんに思わずどきっとさせられる。

 お、おおい。どうした俺。初心なネンネじゃあるまいし。

 とまぁ、そんな葛藤がありつつも俺はぶんぶんと首を上下に振っていたわけだが。

「な、なはは。いやぁ、やっぱまりもさんがそばにいてくれると落ち着くなぁ」

 ……お、赤くなってる。

 まりもさんは何だかんだでこういったストレートな表現が好きらしい。

 まったく、可愛い人だ。思わず抱きついて頬ずりしてキスしたいくらいに。

「……よっ……ほっ……はっ……」

 上手く動けんがな!

 ここぞという時に期待を裏切ってくれる俺の身体。なんてお約束なんざんしょ!

 ウゴウゴとベッドの上で動くが、まりもさんに接近するにはあと三年はかかりそうなほどしか動けない。

「どうかしたの? ……トイレ、じゃないわよね?」

 ……狼になろうとした俺は赤頭巾ちゃんにとってみればトイレを我慢する羊に見えたそうだ。

 俺、ショック。

 ……と、とりあえず話題を逸らそう。このままだと尿瓶とか用意されかねん。

「あ、ああと……ひよこ達は駄目だった……んだよな?」

  そう言うとまりもさんは少し悲しそうな顔になってぽつっと呟く。

「ええ。涼宮の隊はなんとかなったんだけどね……榊の隊は時間内に戻ることができなかったわ」

 ……相当落胆してるみたいだな。まりもさん。

 まぁ、仕方がないよな……まりもさんにとって教え子は……っていかんいかん。

 まりもさんを落ち込ませたいわけじゃない。慌てて俺は笑顔を作る。

「あ、そ、そうそう! そういや俺、腹減っちまってさ! ねね、リンゴ剥いてくれません?」

「え!? 林檎ならもうあるじゃない」

 ぐはっそういえばさっきオッサンに剥いてもらったんだっけか。

 畜生、重ね重ね面白いことしてくれるおっさんだぜ。

「あ、いや。まりもさんに剥いてもらう林檎だからこそ価値があるんすよ。という訳でプリーズ剥き剥きナーウ!」

 ……ああ、やっぱ苦笑するわな。ええ。わかってますとも。

 でも、しょうがないでないの。格好つけるのなんて俺じゃない!

「い〜や〜だ〜! まりもさんの剥いてくれた林檎が食べたい食べたい食べ……ゲ、ゲフン」

「いいのよ? 構わずに続けても」

 ――夕呼さん。居たんならもっと早くになんか言ってください。

 無茶苦茶恥ずかしい思いをしたってばさ。



 ******************************



「と、言う訳で。アンタにはまた当分の間まりもの補佐になってもらいたいのよ」

 随分と急な話だ。っていうか俺、原隊復帰もままならないのか?

「えーと、原隊復帰は……」

「馬鹿? そんな身体で戻っても邪魔にしかならないでしょう。調子が上向きになるまでの間教官補佐として頑張りなさい」

 頑張れ、ね。珍しいこともあったもんだ。

「……階級はどうするんですか? 私は軍曹で、大尉殿に指示できるほどの権限は」

 ニヤリ、と笑う夕呼さんに俺はほのかな恐怖を覚える。

 ……凄い嫌な予感だ。この笑顔は危険だと俺の本能が訴えかけている。

「抜かりないわ。ケヴィン今日からアンタ、伍長だから」

「ぶっ。な、なんでいきなりそうなるんすか!?」

 無茶苦茶だ! 大尉から伍長ってどんな落とされ方だよ!

 まぁ、別に階級あんま気にしてないからいいんだけど

(ケヴィン! お前今日から部下なんだからアタシを敬え!)

(なー、ソーダのみたいからPX行って来てくれブラザー、いや、伍長)

 あのアフォ共に何をされるかわからんことだ。

 それだけは避けねばならん。

 そんな逡巡をしていると、同じく困惑した顔のまりもさんを見て夕呼さんは満足そうに笑みを浮かべる。

「ま、それは冗談よ。ケヴィンは当分教官、まりもが補佐って形でやってもらうわ」

 おいおい。どの道俺は指導なんかできないぞ?

 それに引き換えまりもさんはある種この道のプロなのに。

「安心なさい。指示はまりもに任せてアンタはボーっと若い娘の肢体を観察できるのよ?」

 凄い、魅力的な仕事だ。うん。いででででででで!?

「ま、まりもさん! いた、痛い!」

 ……まぁ、マトモに動けるようになるにはもう暫くかかりそうだけど……これでもっと長引いたら……俺、どうしよう。





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