俺が目を覚ましてから数週間が経過した。
ちなみに俺はその間ひたすらリハビリに追われつつも美女かんさ……もとい、ひよこ達の指導に当たるはずだったが……
「最後まで気を抜くな! あと8セット気合を入れていけ!!」
最高にやる事がない。
これでもかと言うほどない。
結果俺はぼーっとひよこたちの頑張りを眺めているだけなわけだ。
俺、何しに来たんだって話だわな……本当に。
ぼけーっとしている俺の目に、 苦悶の表情を浮かべながらフル装備で運動場を駆けていくひよこ達の姿が入ってくる。
なんか居た堪れねぇ。俺も数年前はああだったし。
……どう、すっかな。
せめて何かしてやれるといいんだが。
……うーむ、仕方がない。とりあえず飲み物でも持ってきてやるか。
「まりもさ……じゃない、神宮司軍曹。少し俺は席を外すが構わないか?」
「……はっ。問題はありません」
正直そこまではっきり問題ないって言われるとちっと悲しくもある。
あれ? 俺役立たずじゃないか?
少し気落ちしながらも俺はとぼとぼとPXに足を向けた。
************************
「ん……?」
PXからの帰り道、正門の方がやけに騒がしいのに俺は気付く。
結構な騒ぎだ。伍長らがこんなに騒ぐのは……まぁ、いつもの事だが今日のそれは少し違う。
興味をそそられた俺はそっちに脚を向けることにした。
「貴様、動くな! 所属と階級を言え!」
お? なんだなんだ……?
ライフルを突きつけられた男……青年? は何やら複雑そうな顔をしている。
「頼む。通してくれ。時間がないんだ」
……なんだ? 便所にでも駆け込もみたいのかね? ……ジョークにしては下手糞だな。あんなツラしてれば。
訓練校の制服を着てる所を見ると……訓練兵か? いや、それにしちゃ面構えが違う。
あのツラは……オッサンやらアイツの雰囲気に近い。
なんつーか、修羅場を潜り抜けてきたようなそんな雰囲気。
「貴様! 動くなと言ったろう!」
お、実力行使か。相変わらず気が短
「止めてくれ。その気になればどうにでもできるんだ」
……おいおい。冗談だろ? 明らかにガキの癖に伍長を完全に拘束しちまったぞ!?
止めに入ろうとその一団に俺は駆け寄る。
「はい、はい、はい。ストップ、ストッピ、ストッペスト。伍長〜、子供だからって手ぇ抜いちゃ駄目でしょ〜」
なるべくフランクな雰囲気で話しかける。目指せ好青年!
「……あんた、誰だ?」
「OK、OK。ええ。俺もボクちゃんの事知りません。っていうか初対面でそれかい? ママンに初対面の美青年と話す時の礼儀とか習わなかったかな? え?
オイ」
思い切り顔を近づけてメンチ。こういうのは最初が肝心だ。
上下関係というか俺という人間がどういう人間か理解してもらわなきゃいかん。
決して何か頭に来たからじゃないからな?
すると俺に気おされたのか謎の青年は首を横に振る。
「……こんな所で時間を食う訳にはいかないんだ……早く香月先生……いや、香月副指令に会わせてくれ」
……夕呼さんの知り合いか? いや、こんな奴は俺がこの基地に赴任……と、いうか開設当初から見たことない。
やっぱなんか怪しい奴だな。うん。
「あー、お前が夕呼さん……香月副指令の知り合いだっていう証拠はあるのか? それがあるなら考えてやってもいいぜ?」
「大尉! そ、それはまずいですよ!」
「あー、大丈夫、大丈夫。その時は俺の責任においてコイツを入れたって事にすっから」
確証はない……が、コイツはそこまで危険な奴でもない、と思う。直感でしかないが。
「……証拠……そうだ。オルタネイティブ4だ。それを聞かせれば」
「はーいはい。嘘八百ゴクローさん。射殺される前にお家に帰んな」
なんだそのオルタネイティブ4ってのは。
聞いたこともない。っつーかコイツもしかして例の薬を打った奴じゃねぇだろうな……
「クソッ! 何でもいい! 早くしないと時間が!」
チッ、仕方ねぇ。ここは伍長たちを使って取り押さえ……
「待ちなさい」
……この声は。
「香月副指令!? 危険です! 下がってください!」
そう言って夕呼さんと青年の間に伍長が割って入る。
無論銃口はしっかりと青年に向けられたままだが。
「……あんた、どうして私に取次ぎを求めていたか説明してもらえるかしら?」
「……今のままじゃ、オルタネイティブ4は失敗する……そしてオルタネイティブ5が発動しちまうんだ」
夕呼さんの表情が変わった。
ピリピリした雰囲気が辺りを包む。
ここは小粋な事でも言って場を和ますか?
「……ケヴィン。ソイツをつれて来なさい」
「へ? どこに?」
ふぅっとため息をついて夕呼さんが俺を睨む。
「あたしの部屋よ。急いで」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺にはまりもさんっていう心に決めた人が……」
うお、凄い睨まれた。
あー、あーと、場を和ませちゃだめでしたか?
************************
「少し二人だけで話をするわ。表で待機していて」
と、言われてから既に30分が経とうとしている。
長くないか? もしや中で何かあったのか……?
ま、ソレはないか。何かあったなら夕呼さんの事だ。なんかしらの手段で俺を呼ぶだろうし。
「ふぁ、ぁぁぁ……眠ィ……」
と、ようやっと後ろのドアが音を立てて開く。
始めに出てきたのは例の青年。
んで、その後に続いて出て来たのは夕呼さんだ。
「……確認が取れたわ。彼は間違いなくこの基地所属の訓練兵になるはずだった子よ」
「……子って……」
文句を言いそうになったヤツをぎろっと夕呼さんが睨みつける。
ケケ、ざまあみやがれ。
「んで? なんで今の今までいなかったんスか? 納得いく答えが欲しいんですが」
「彼、この町の生まれで……先のBETA襲撃で重傷を負っていたのよ。それでようやっと出て来たってわけ」
……あの襲撃に生存者がいた? 馬鹿な。確か報告では生存者0だったはず。
「ちょっと待ってくださいよ。まさかンな事信じろなんて言う気じゃないですよね?」
「信じるも何もそれが事実なんだから仕方がないでしょう?」
到底そんなモンは信じれない。
そんな俺の疑念を押しきるかのように、夕呼さんは話を続ける。
「それと、今日から白銀はまりもの下で訓練兵として合流してもらう事になったわ」
……なんだって?
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! こんな得体の知れない奴をまりもさんの傍に置くのか!?」
さも当然よと言わんばかりの夕呼さん。
「当然でしょ? 訓練兵になってる訳だから。 ……それに、もし危険人物ならやろうと思えばさっきだって私を殺せたはずよ?」
信じられん……猜疑心の強い(はず)夕呼さんに取り入ったって言うのか!?
「……俺は反対っす。コイツは……なんか気に食わない」
あ、俺今物凄い呆れられてる。
「あのね。ココは軍なのよ? 感情論だけで動かないでくれる?」
……夕呼さんが軍を盾にして話をしてる……って事は、どうやらこれは本気らしい。
夕呼さんがその気になれば間違いなくコイツは明日にでも配属されるだろう。
俺は一度ため息をつく。
「とりあえず、紹介だけはしておくわ。名前は白銀武。今日からあんたの“教え子”になるわね」
――ああ、くそ。気に食わん。
「……ヨロシク」
ヘッ、よろしくだぁ? そんな殊勝なこと考えてねえだろ?
「ケヴィン・ウォーケン・黒澤だ。が、いいか? 覚えておけ? 悪いが俺はお前の事が気に食わん」
「……奇遇ですね。俺も、多分大尉殿の事が気に入りません」
――ふ。このクソガキ。
どうやら俺とコイツは最高に相性が悪いらしい。
ま、構うことはない。とにもかくにも、コレが俺とコイツのファーストコンタクトになった。