要塞級はゆっくりとこちらにやってくる。

 そして、その腹から続々と現れるのは大量の戦車級。

『ち、ちくしょう! まだ増えンのかよ!』

 悲鳴をあげた部下達を鼓舞しながら俺は次の一手を考えていた。

 ――正直、このままだとまずい。

  ほぼ敗北が決まったような状況でどう生き延びるか。

 それを考えながら群がる連中を撃破していくのは骨が折れる。

『ホームズ1よりレッド1! あと少しで本隊と合流できます!』

「阿保ゥが! 戦場で曖昧な物言いをすんじゃねぇ! あと何分何秒だ!?」

 背後から迫り来る要撃級を回避し、足元に群がっていた小型級を文字通り蹴散らす。

 やっぱ、あのデカブツ共が邪魔だ。

 というより放っておいたら脅威になりかねない。

「レッド1よりレッド2! 3と5を連れて要塞級の一機を囲め!」

『レッド2了解! 隊長、暫し足止めの方お願いします!!』

 部下とは言え厳しい事を言う奴だな。――まぁ、やれるだけの事はやるがよ。

 要撃級が囲むように迫って来るのを感じ、腕に装備されていたナイフを抜き放ち、確実に頭を潰していく。

 所々で支援射撃が上手い具合に入るのもこの絶対的不利な状況を支えてくれる要因だろう。 

 そこで先程まで支援射撃をしてくれていたレッド4が今日何度目かの悲鳴をあげる。

『隊長! そろそろヤバいですよ! こっちは神経すり減らしてるのにあっちはどんどん増えやがる!』

 ――参ったな。確かにこの状況は最悪だ。

 味方の援護もとてもじゃないが期待できない上に、連中はほぼ無尽蔵ときやがる。

 でもこんな時だからこそふてぶてしく、だ。

「だぁッ! 泣き言言ってんじゃねぇ! OKサインが出たらとっととケツ捲ってずらかるんだ、もうちっと気合入れろ!」

 レッド4を叱咤しながら俺は更に要撃級を三体仕留める。

 息がいつの間にか上がりつつあった。

 今のまま闘えば……間違いなく俺達はやられる。

 と、なると……俺等のやる事は一つだけだ。

 そうと決まると俺はHQに対し撤退を要請する事にした。

「レッド1よりHQ、旗色が悪い。撤退を要請する!」

『HQよりレッド1、撤退は許可しない。繰り返す』

「ふざけるなHQ!! このまま行けば全滅するぞ!」

 HQからの通信が途絶えた。

『う、うわぁぁ!? な、なんだテメェ達、はな、れろぉッ!!』

 それとほぼ同時にレッド6の悲鳴が上がった。

 要撃級の攻撃を紙一重で避わしながらそちらを見やると戦車級が数体レッド6に取り付いている。

「落ち着けデニー! 今引っぺがしてやるぞ!」

 突撃銃の弾丸をばら撒きながらそちらに近づこうとするが……

『ヒ、ヒィッ!? 来るな、来る――』

 悲鳴が一転して気味の悪い咀嚼音に変わった。

「クソッタレが! レッド1より各機! ココからずらかるぞ!! 急げ!」

 要塞級に向かわせた三機を援護しつつゆっくりと後退を開始した。

 素早く転進した三機が後退を始めようとしたその時。

「ピート! うし」

 レッド5は要塞級の衝角によってそのコクピットを破壊されてしまった。

 恐らく、もう……

『ちきしょう! 隊長、ピートとグレッグの仇討ちを』

「阿保ゥ! 死んじまったら元も子もねぇだろうが! ここは一旦引いて体制を立て直すぞ!」

 部下を先に下がらせると、レッド2が殿を買って出た。

『隊長! ここの殿は俺が! 先に行ってください!』

「俺も殿として残るに決まってるだろうが! 一人で格好つけようったってそうはいかねぇぞ!」

 最悪の状況で……今まで寝食を共にした部下を置いて逃げるほど腐っちゃいない。

『なりません! 隊長は下がってください!』

「冗談言うな! 隊長命令だ!」

『隊長の方こそ冗談を言わないでください! ここで隊長に何かあったら……ピートとグレッグに申し訳がたちません!』

 この頑固者が!

 しかし、こうして問答をしている間にもぞろぞろと連中はやってくる。

「いいか! 絶対に生きろ! やばくなったら」

『わかっています! すぐ逃げ出しますよ!』

 もう一度念を押しつつバーニアを吹かして後方に飛ぶ。

『隊長! さっさとずらかりましょう!』

 レッド4が上手くレッド2を援護しながらじりじりと後退している。

 レッド3は俺の退路を確保しながらの後退だ。

『HQよりレッド1。敵前逃亡は重大な命令違反である。早急に持ち場に戻り戦闘行動を』

「やかましい! こっちは命張ってんだ! それなのにこれじゃあまるで生贄だろうが!」

 くそったれが。上は俺等をハナっから捨てるつもりでいたようだ。

 元々不良やら何やらを集めたような隊だからな。連中にしてみりゃ俺らなんざ虫けら同然って事かよ。

『隊長! アローヘッドお願いします!』

 その言葉を耳に入れ、俺が先頭を行く。

 少し進むと、突然通信が俺に入った。

『レッド1! 救援に来ました!』

 最悪だ! こんな状況でヒヨコの世話なんて出来るはずがねぇ!

「阿保ゥ! なんで戻ってきやがった!」

『時間がありません! 急いで後退してください!』

 時間? 一体なんの事だ?

『孝之、マズイぞ! 一発目が来る!』

 ぞくっと全身に奔るあの悪寒。

 ――これ、は、最高にヤバイ!

「レッド2! 退――」

 一瞬、世界から音が消えた。

 不気味な、黒い光が辺りをつつむ。

 戦術機が、引っ張り込まれそうになった。

『――た、  逃ゲ――』

 その通信で、音が戻ってきた気がした。

 鼓膜を引き裂かんばかりに響く重低音。

 真っ暗になった世界。

 そして、びりびりと戦術機を揺さぶる大気。

 ――怖い、と思った。

 ただ漠然と、それは死であると、俺の本能は認識している。



 真っ黒いドームは、徐々に小さくなっていく。

 ――そして、俺達はそれを目の当たりにした。

「……な、んだ。こりゃぁ」

 一面に広がっているのは、瓦礫と、残骸。

 一応、レッド2と思しきF-14が伏しているのをみて、俺は思わず機体を飛ばす。

『た、隊長……なんか、俺、変だ。身体が、痛い……』

 そう、俺に言ってきたのはレッド4だった。 

 乱れていた映像が、ようやく鮮明になって

『痛いんですよぉ……からだが、カラダ……』

 吐き気が俺を襲う。

 映像回線を通して見える範囲は血まみれになっていて、顔の皮がべろりと剥げ、右目が眼窩から零れ落ちていたからだ。

 すぐに首筋に薬を打つ。

 畜生、なんだって俺はこんなんなんだ。

 あの血は俺が流すはずだったモンだ。畜生が。気合を入れろ。

 まだ、死んだ訳じゃないだろうが!

「大丈夫だ! すぐ本隊と合流して何とかしてもらうからな!」

 返事は、ない。

 まるで風船のようにレッド4の身体が弾けて物言わぬ肉塊になってしまったからだ。

 べしゃりとカメラに鮮血がへばりついたらしい。レッド4のカメラには何も写らなくなっていた。

 レッド3のF-14は先程からぴくりとも動かない。

 もはや、中はレッド4と同じようになっているのは間違いないだろう。

『こ、これが……新兵器の力……』

『すげぇ……これなら、これなら人間は勝てますよ隊長!』

 呆気に取られたような孝之の声と興奮した感じの慎二の声が聞こえる。

 ふざ、けるなよ。こんな、こんな物を使うって言うのか!?

 ぎり、と歯を噛み締めて俺は廃墟になった町を見る。

 木も、建物も、人も、全てが等しく崩壊した光景を見て、そして肉塊になった部下を見て俺は怒りに身体を震わせた。

「……いくぞ。こうなったからにはもう、ここに残る意味はない」

 静かに俺はそう言うと、本隊に合流する為に歩を進めようとしたが、そんな時孝之がソレに気付いた。 

『隊長! 友軍がいます!』

 言うが早いか、孝之の乗る撃震がそちらに向かう。

 その背中を見ながら、俺の意識はゆっくりとあの暗闇へと引きずりこまれていった。



 **********************



(――なんであの時もっと早く逃げなかったんだい? もっと早くに引いていれば、もしかすると助かったかもしれないのに)

 うるせぇ、黙れよ。

(結局あの人達はあんたのせいで死んだんだよ)

 ――ああ、きっとそうだろうよ。

 だから、俺は、俺は……



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 いつの間にか俺は愛機のコクピットに戻っていた。

 左腕はしっかりと固定されているのを見るとどうやら……

「悪いなアーノルド」

『気にするなよ。ところで……あの地下室にいた連中はなんだったんだ?』

 恐らく、イチとサンだろう。

 少し考えてから俺は口を開く。

「さぁ、な……わからん。最高にヤバイ連中だったって事意外は」

 そう言いながら任務の状況をアーノルドに聞くとどうやら目的の物も手に入ったようだ。

『こんなちっぽけなフロッピーの為に骨を折ったんだからついてないなぁ、ケヴィン』

 俺は、先程までの悪夢を振り払う為にも笑みを作り

「まったくだ。骨折り損の……だな」

 そう、愚痴をもらした。





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