『マンバ5よりHQ。先に言ったとおりマンバ2が負傷した。帰投を要請する』

 鎮痛剤が効いてるみたい、だな。

 頭がボーっとしている。

『HQよりマンバ5。了解。鎮痛剤投与後、マンバ2をオートパイロットに設定し帰投する事を許可する』

 帰投……ああ、それは良くない。

 まだ仲間が闘ってるのに。

『鎮痛剤の方は抜かりない。そういえば、戦況はどうなっている?』

 そうだ。俺もそれが聞きたい。

『戦況の方は現在人類側が有利な状態にまで持ちこたえました。マンバ隊の損害は1割程度です』

 誰か、被弾したのか?

 それを聞こうと思ったが、上手く声が出ない。

『大丈夫だってケヴィン。あの面々がそう簡単にやられるわけないじゃないか』

  そうかも知れんな……いや、だが

『何より怪我人なんかに来られたら少佐達も迷惑だと思うけど?』

 夕呼さん。そりゃぁないぜ。こんなんなっちまったけど、まだ十分……

 そこで改めて自分の左腕を見てみる。

 醜く膨れているのが強化装備の上からでも良くわかった。

 ――あー。確かにこの腕じゃあ足手纏いかもしんねぇなぁ……

「……わりぃ」

 ぽつりと口を出たのは多分本音。

 怪我のせいもあってか少し気弱になってしまったかもしれない。

『はは。なんか素直なお前は少し気持ち悪いな。とにもかくにも隊の方は任せておいてくれよ』

 煩ぇ。気持ち悪いは余計だ……と言おうと思ったのだが、もう身体がいう事を聞かない。 

 あの馬鹿、鎮静剤入れすぎだっての。

 眠くなってしょうがねぇ……

『オートパイロットにしておくから、ゆっくり休んどけよ?』

 休むも何も……もう、目を開けてるのが……

 正直、しんどい……ん、だよ……な……



 ******************



 いつの間にか俺は真っ白い部屋に寝かされていた。

 なんだか変な気分だな……自分の顔をこうしてマジマジと見るのも。



 Weit a moment

 落ち着け。俺。

 なんで俺が俺を見てるんだ? 

 これは、そうか。鏡だな? でなけりゃ俺の顔が見れるはずがない。

  ……いや、そんな訳はないな。

 なんで鏡なんかがあるんだ。

 しかも……なんでこんなに顔が白くなってんだよ!

(血圧が低下しています!)

 頭の中で様々な、聞こえないはずの声が響く。

(……強心剤を!)

 知っている奴の声も

(くたばりやがれ! このバケモノ!!)

 知らない奴の声も

(た、たすゲッ……)

 やかましいぐらいに声は響く。

 止まらない。耳を塞ごうとしても今の俺には耳が無い。

 無いはずの頭が、割れそうになる。

 畜生、なんだって今日はこんなにもついてねえんだよ……!!

 なにやら俺は変な機械を押し当てられている。

 バグン、と台に乗せられた俺の体がはねた。

(脳波が止まりました!)

(諦めるな! なんとか、なんとかするんだ)

 ……ああ。なるほどね。

 何となく俺は、死を受け入れようとし始めていた。



 周りが、暗くなってきた。

 俺の顔も次第に見えなくなっていく。

 あー、駄目だな。

 意識ばっかり、遠のいて行って。

 俺が、消えていく。

 そんな時、誰かが俺を見ているような気がした。

 青い、瞳。

 それだけが、ただ俺の中に鮮烈に残った。



 ********* 神宮司まりも ***********



 夕呼に突然の呼び出しを受けた私は基地の地下にある医務室へと向かっていた。

 今までに無い程の嫌な予感が胸をよぎる。

 ――そうだ。この感じは、あの時の。

『――っ!? 神宮司!!』 

 新井……!

 頼む、どうか。

 私の教え子を守って!

 ようやく、エレベーターが止まった。

 地上エリアよりも少し拾い廊下を走る。

 途中何度か医療班の人間とぶつかった気がするのだが、一切気にせずに私は走る。

  そして、ある部屋の前で私は足を止めた。

 その部屋の前には、見慣れた友人の姿があったからだ。

「……どう、なの?」

 なんとか声は絞り出せたけど、うまく言葉が出てこない。

「……外傷は左腕橈骨及び尺骨を粉砕骨折、及び全身打撲と切傷、擦傷が多数。けど、命に別状は無いわ」

 それを聞いて、私はようやっとほっと息を吐き出せた。

 よかった。また、私は教え子を失うのかと

 けど、夕呼の表情は堅いまま。その表情が、私の心をまたかき乱す。

「とにかく、入りなさい」

 一言そう言うと夕呼は部屋のドアを開ける。

 ぎぃっと少し大きな音がした。

 そして、パイプベッドの上で静かに眠る彼が視界に入る。

 血色のいい顔。

 なんだか心配したこっちが馬鹿みたいに思えてくる。 

「ふぅ、目を覚ましたら少し説教しなくっちゃいけな」

 話に夕呼が割って入ってくる。

 そして、その内容に私の目の前が一瞬真っ白になった。

「……状況としては、半分脳死しているような状態よ」

 そっと彼の頬に手をやる。暖かい、いつもどおりの温度が手のひらに返ってきた。

「辛うじて、心肺が動作しているっていう感じね……」

「……何故、こんな事になったの……?」

 兵士として本来はあるまじき言葉。

 これじゃあ……教え子の事をどうこう言えないわね……

「……いいわ。ちょっと来なさい」

 ゆっくりと、夕呼は部屋を出る。

 私は何度か彼の方を振り返りながら……夕呼の後を追った。



 夕呼の部屋は正直相変わらず汚い、といった雰囲気が漂っている。

「……いい? これから話すことは私の独り言でだから勿論他言無用よ」

 私はこくりと頷く。

 カタカタとPCのキーボードを弄りながら夕呼が話し始めた。

「1966年にBETAの言語・思考解析による意思疎通計画が開始されたわ。と言ってもまったく解明する事が出来ず失敗したんだけど」

 一度言葉を止めてから、夕呼が続ける。

「例のサクロボスコ事件の後、1963年には、生体調査がスタートされたわ。でも、これも甚大な被害を負って、手に入った情報はあいつらが炭素生命体だと 言うことだけね。そして、1973年4月19日、中国新疆ウイグル自治区喀什にBETAの着陸ユニットが落下。中ソ連合軍とBETAの戦闘が始まり、連合 軍側は撤退を重ね戦術核を用いた焦土作戦で対抗。それとほぼ時を同じくしてプラトー1を放棄した……っていうのがここまでの大まかな流れね」

  たしか、そうだ。昔、夕呼が教えてくれた気がする。

「……その後、人間は自分達でESP発現体を誕生させる研究をスタートさせたわ。それが、オルタネイティブ3」

 一度、そこでまた夕呼は言葉を区切った。その表情が、冷たい物に感じられる。

「オルタネイティブ3で、人はESP発現体によってあいつらとの意思疎通、及び情報入手を試みたの。結果として彼らに思考があることを証明したわ。そし て」

 何かを、夕呼が取り出した。古ぼけた、写真?

「その計画の、副産物として生まれてきた特殊な発現体。つまり、全く別の力を持って生まれた者達に着目した一派がいたの」

 きぃっと椅子を軋ませて夕呼が立ち上がる。

「彼らは、元々のESP発現体にあるエッセンスを加えて行く事で、より強力で、かつよりBETAに感知されづらい新たな超能力発現体を作ろうとしたわ」

 感知、されづらい?

「人間に、BETAの因子を持たせようとしたのよ。……そしてその内に本当に数体だけだけど、強力なサイキック能力を持った発現体を作り上げることに成功 しているわ。でも、ね。彼らの本当に作ろうとしていたものは、全く別のモノだったの」

 二、三歩歩くと夕呼はコチラへ振り返った。

「……完全なる未来予知。それによって、BETAの襲撃を完全に予測し、先手を打っていこうとしたの。そして、作戦の成否をも予測しようとしたそうよ」

 夕呼が、写真をこちらに渡してきた。

「けどね、そんな事はどだい無理だったのよ。人間が人間を超える事なんて出来はしない」

 写真を見て、私は思わず言葉を失った。こんな、こんなのって……!

「だから、かしら。彼らはいくつかの失敗を経て、化け物を作ることにしたのよ」

 写真に写されているのは、いくつもの人のパーツを組み合わされて作り上げられた、モノ。

 涙を流す“元人間”だった。

 私が口を開けようとしたのを察したのか、もう一枚、今度は新しい写真を私に渡してきた。

 それは、眉間を打ち抜かれた真っ白といっても過言ではない少女と、巨大と言って差し支えの無いほど大きな頭を破裂させた人、らしきものの死体。

「……大尉は、彼らと遭遇、戦闘した後、何らかの形でトラウマを植えつけられた。もしくは、トラウマが再燃したのね」 

 紙とペンを手渡される。

 ……筆談しろって、ことなのかしら?

 さらさらとペンを走らせる。

何故、ケヴィンが彼らと戦う事に?

“理由はわからないわ。ただ、原因を作ったのは私よ。

“もしかして、特別任務っていうのの事?”

 夕呼はこくりと頷く。

 私は、今、とんでもない事に脚を踏み込もうとしているのかもしれない。





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